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【TPP 各業界のリスクとチャンス③】
電気通信業界

2013年10月08日 冨島正雄


 連載第3回の本稿では、21あるTPP交渉分野の中で、「電気通信サービス」が通信業界に影響を及ぼし得る事項を明らかにし、その影響と電気通信事業者が対応するべき方向性を紹介する。

交渉の状況

 2013年5月8日付の日本経済新聞によると、TPP交渉分野「電気通信サービス」については、すでに交渉が大筋合意に達したといわれている。それによると、「通信インフラを持つ事業者が新規参入者に通信網を開放するのが柱」とのことであり、その共通ルールをどのようにするかについて合意されたものと推測する。内閣官房TPP政府対策本部資料「TPP協定交渉の概括的状況及び分野別状況」によると、「電気通信サービス」では、「電気通信サービス分野の特殊性に鑑み、実質的な競争を促すとの観点から~(中略)~TPP交渉参加国間の既存のFTAで規定されている事項(通信インフラへの公平なアクセス、コロケーション[※注1] 相互接続、周波数割り当て、透明性、競争等)について共通のルールを設けるべく議論されている。」とのことである。筆者が考える限り、その内容のほとんどは今まで日本でも実施されてきたルールや制度を踏襲したものであり、大きな影響を与えるとは考えにくい。しかしながら「周波数割り当てに関して共通ルールを設ける」ことは事実上「周波数オークション」の実施を求めており、日本の電気通信市場に大きな制度変更を強いることになる。
 また、TPP交渉分野「投資」とも関連するが、「電気通信事業者に対する外資規制の緩和又は撤廃」は米国USTRの外国貿易障壁報告書において再三、要交渉事項として挙がっており、これらについても議論されていると考えられる。もし、これが合意された場合、新興国であるベトナムやマレーシア等の電気通信市場にとっては大きな制度変更をもたらすことになる。例えば2012年版の外国貿易障壁報告書によると、ベトナムでは電気通信分野の外資出資を49%以下に制限する一方で、ベトナム政府出資を51%以上とするよう規制しており、マレーシアでも電気通信分野の外資出資比率は30%以下に制限されている。TPP参加はこれらの外資規制を取り払うこととなる。
 つまり筆者は下記a、bの事項が通信業界に大きな影響を与えると考えている。
a.周波数割り当てに関して共通ルールを設ける(すなわちTPP参加各国は周波数オークションを実施する)
b.電気通信事業者に対する外資規制を緩和または撤廃する
 では、これらがTPP参加国の電気通信事業者にどのような影響を及ぼすのか、リスクとチャンスについて述べたい。

日本の電気通信事業者にとって最大のリスクは、日本での周波数オークションの実施

 まず、日本の電気通信事業者にとって最大のリスクは、上記事項aの周波数オークション実施である。周波数オークションとは、競争入札を実施し、最高価格を提示した事業者に新規の周波数を割り当てる制度である。
 日本では、今まで一定の基準を設けて優劣を比較する「比較審査方式」を採っていた。しかし米国は、比較審査方式よりも周波数オークションの方に透明性があり、海外事業者の新規参入を促すとして、日本に実施を求めている。日本政府も周波数オークションの実施を検討しているものの、現在のところ実施へのスケジュールは明確に見えていない。TPPの合意は、周波数オークション実施への強力な後押しとなる可能性があるのだ。
 おそらく周波数オークションは電気通信事業者に大きな資金的負担を強いることになる。オークションの実施により、周波数の利用コストは確実に上昇するうえ、不合理に周波数の価格が上昇する可能性があるからである。例えば、米国では1994年の周波数オークション開始以来、電気通信事業者が政府に支払った落札金額は合計8兆4,000億円に上る(総務省 2011年「周波数オークションに関する懇談会」(第1回)資料より)。これはNTTドコモの12年分の設備投資額に匹敵する金額である。米国での周波数オークションの過熱は、電気通信事業者の経営安定性と次世代移動体通信への設備投資体力を著しく奪ったといわれている。
 TPPでの合意により周波数オークション実施を強いられるようであれば、これは電気通信事業者にとって大きなリスクである。

チャンスは海外進出

 では、チャンスはどうであろうか。上記事項bにより電気通信事業者に対する外資規制が緩和または撤廃されれば、日本の電気通信事業者がアジアの新興国であるベトナムやマレーシア等の海外電気通信市場へ進出する道が開かれる可能性がある。その可能性について、海外の移動体通信市場への参入と、固定通信市場への参入に分けて考えてみよう。

<移動体通信市場はM&Aで参入する余地あり>
 まずは移動体通信について考えてみよう。実はTPP参加国の移動体通信市場は既に飽和状態にあり、加入者数においては大きな拡大は望めない。総務省が管理・運営しているホームページ「世界情報通信事情」によると、2011年の人口対比の携帯電話普及率は日本が102.7%、アメリカが105.9%なのに対し、ベトナムで143.4%、マレーシアで127.0%に達する。よって、新規参入しても加入者数拡大は望めず、一から移動体の電気通信事業会社を立ち上げるのは困難である。
 参入するとすれば、既存事業者に対してM&Aを実施し、その顧客基盤を取り込むことから始めるのが有効であろう。日米の移動体通信市場同様、今後TPP参加国の移動体通信市場は、3G、4Gといわれる次世代移動体通信の時代になる。このため、電気通信事業者は多額の設備投資が必要になる。日本の電気通信事業者は周波数オークションが無かったおかげで、大きな資金的問題を起こすことなく投資資金を賄っているが、ベトナムやマレーシアは周波数オークションを実施する予定であり、これが各国の電気通信事業者の資金的余力を奪う可能性がある。よって、ベトナムやマレーシアの電気通信事業者は、次世代移動体通信に向けた投資のため、外国の資金を受け入れる余地があるだろう。今後TPP参加各国の移動体通信市場では、各国の事業者を巻き込んだM&Aが活発になる可能性がある。そうなれば資金的余力で新興国の電気通信事業者に勝る日本の事業者が有利である。

<固定通信市場は、日本の光通信技術の普及に期待>
 では、固定通信市場はどうであろうか。実は固定通信市場は成長が止まっているだけでなく、移動体通信への顧客流出により衰退傾向にある。例えば2011年の人口対比の固定電話普及率は、日本では51.1%と前年比0.8%減となっており、ベトナムは11.5%と前年比4.9%減、マレーシアは14.7%と前年比1.4%減となっている。ただし、固定ブロードバンド普及率はベトナムで4.3%と前年比0.1%増、マレーシアで7.4%と前年比0.9%増で若干の市場の拡大が見込まれているので、光通信(=光ファイバーを利用した通信)の普及という点では、日本企業のチャンス拡大につながる。
 また光ファイバーの敷設技術や、敷設に必要な試験機・融着機等の分野において、日本の競争力は高いといわれている。従って、日本の電気通信事業者が海外の固定通信市場に進出した際に、日本の光通信技術を持ち込めば、日本の光通信関連産業(例: 通信ケーブルメーカー、通信工事機器メーカー、通信ケーブル敷設工事事業者)にとって売上拡大の効果が望める。

まとめ

 TPPは参加各国に、電気通信市場における、周波数オークションの実施と外資規制の緩和または撤廃を強く求めている。結果として参加各国は周波数オークションの実施を余儀なくされ、日本をはじめとする各国の電気通信事業者の資金的余力を奪うであろう。しかしながら、逆にこの周波数オークションは、外資規制緩和も相まって、TPP加盟各国の電気通信事業者に、外資受け入れを促す効果もある。これは規模が大きく資金的余力がある日本の電気通信事業者に海外進出のチャンスをもたらす。
 また、TPP加盟各国の固定通信市場へ、日本の電気通信事業者が進出し、日本の光通信技術を広める道を開く可能性もある。

※注1: 既存の電気通信設備への第三者による設備設置


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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