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オピニオン

CSRを巡る動き:大手製薬メーカーの特許訴訟敗訴が示すこと

2013年05月01日 ESGリサーチセンター


 2013年4月1日、スイスの大手製薬メーカーが、インドにおける特許訴訟で敗訴が確定したことが、海外メディアを中心に大きく報道されました。同訴訟は、抗がん剤「グリベック(Glivec)」の特許をめぐるもので、世界中の製薬メーカーやNGOなどが注目していた訴訟でした。2005年に、同社はグリベックの特許をインドで申請したものの、主成分が既存薬の成分を少し変えただけであるとして、特許庁が申請を却下。これに対抗して同社から訴訟が起こされたものの、2007年の高裁判決は同社の訴えを退けました。係争の場は最高裁へと移ったものの、2013年4月、大手製薬メーカーの訴えが棄却されたという経緯でした。

 同社は、この結審に関して、「イノベーティブな医薬品の開発を妨げるもの」だとして、落胆の意を表明しています。この訴訟は、先進国の製薬メーカーにとっては、インドへの投資魅力が薄れることをも意味しています。新薬の売り込みが減少し、結果的には途上国の患者にとってはプラスにはならないとして同判決を批判する論調もあります。一方、途上国の患者を支援するNGO(例えば、国境なき医師団など)などは、「途上国の患者にとっての大いなる勝利」としてこの判決を支持しています。どちらの主張にも一理ありますが、この訴訟の結果は、製薬メーカーにとっては、特許を巡る新たな新興国戦略が必要になってきたことを示唆しているのかもしれません。
途上国における医薬品の特許開放は、NGOなどの市民社会が長らく製薬メーカーに求めてきた取組みでした。途上国では、医薬品が高価であることや医療システムの不備などにより、必要な医薬品へのアクセスが限られる「医薬品アクセス問題」が大きな問題になっているからです。先進国と異なり、HIVエイズ、マラリア、結核の3大感染症や顧みられない熱帯感染症は、発展途上国にとって依然として大いなる脅威です。

 そうした中、HIVエイズのための特許開放とビジネスの成功を両立させるための新たな取組みである「医薬品特許プール」が、2010年にUNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)により創設されました。世界保健機関(WHO)が採択した「公衆衛生と技術革新、知的財産権に関するグローバル戦略」の一貫として発足したものです。企業、大学、研究機関等の団体が所有する多くの特許権を、第三者による製造や製品改良のために提供し、特許権保有者は利用者から特許権料を受け取る仕組みです。特許プール管理機構は使用交渉や両者間の特許権料の支払いと受け取り管理を実施します。通常であれば、新薬開発から20年はかかるジェネリック薬の製造を早める画期的な仕組みであると言われています。

 2011年7月、米製薬メーカーのギリアド社は、保有するHIVエイズ治療薬の特許のうち数種類を、医薬品特許プールに提供する契約を結んだと発表しました。プールに医薬品メーカーが参加した初めての事例でした。同社の参加後に、ジェネリックメーカーがより安価な治療薬を開発することを表明しています。プールは、重要な特許を保有する複数の医薬品メーカーとの交渉を続けており、その経過をHP上で詳細に開示しています。

 途上国を巡る医薬品の特許。従来通り、特許を死守するのも企業戦略の1つです。しかしながら、途上国の人の支持を得つつ、かつ自社の利益を確保するような取組みを推進するのも、もう1つの企業戦略です。新薬開発が困難を極める中で、途上国戦略はより重要となります。企業価値を向上させていくために、製薬メーカーにはより思慮深い取組みが求められています。