オピニオン
「CSV」で企業を視る/(5) バリューチェーンにおける共有価値創造 -ユニ・チャーム社の事例-
2013年03月01日 小崎亜依子
本シリーズでは、ポーターの「『共有価値』の創造:Creating Shared Value(CSV)」(※1)の現状と企業価値への連関の可能性について解説をした。その後、3回にわたり具体的な企業の事例を交えて解説しているが、今回も引き続きCSVの視点で企業の事例を見ていきたい。
共有価値創造の手法の1つに、製造・販売などのバリューチェーン構築において、地域の社会的課題解決とビジネスの成功を両立させる手法がある。単なる社会貢献活動としてではなく、品質向上、優秀な従業員の定着、ブランド価値創造など、自社のビジネスにおける成功と両立させながら、地域の社会的課題解決に資する取組みを行うのである。
今回は、こうした取組みを実践しているユニ・チャーム社を取り上げる。同社は海外進出を積極的に行い、海外売上高比率は、2006年3月期の3割弱から2012年3月期には5割弱にまで拡大。営業利益は5期連続で過去最高を更新しており、株式市場からの評価も高い。同社は、海外展開にあたって「女性の社会進出機会の創出」を戦略的に掲げ、販売や製造工程において女性従業員の登用を積極的に行っている。そうした取組みは、同業他社との差別化に貢献し、海外展開戦略をより強固にするものだと考える。
(1) 雇用創出により「女性の社会進出支援」を後押し
一部の先進国を除き、女性の社会進出はグローバルな社会的課題である。2015年までに国際社会が達成すべき目標であるミレニアム開発目標の1つにも、「ジェンダー平等の推進と女性の地位向上」と掲げられている。
そうした中で、ユニ・チャーム社は女性従業員を積極的に雇用しており、アジア各国の生産ラインにおける女性比率は8割、女性販売員は4000人を超えている。協力会社も含む女性社員は全体の6割、10000人にものぼるという。さらに、2012年5月には、サウジアラビアにおいて女性だけによる工場での生産活動を開始した。
サウジアラビアは男女が分離されている社会であり、女性が働くことは禁じられてはいないものの、女性のみの労働環境が確保されていないと就労することは事実上不可能だ。実際、15%程度の女性しか就労しておらず、男女平等(ジェンダー・ギャップ)指数ランキングも135国中131位である。そうした中でのユニ・チャーム社の取組みは、働く意欲を持つ女性にその機会を提供するという意味で大いに評価できよう。アジア・中東地域での雇用創出、および低所得層の女性に手ごろな価格で衛生用品を提供する同社の取組みは、国連開発計画が主導する「ビジネス行動要請(BCtA)」(※2)の取組みとして、2012年10月に承認されてもいる。同社は、エジプト・インド・インドネシア・サウジアラビア・タイ・ベトナムにおいて8000人の女性を新規雇用し、これらの国々での女性従業員数をほぼ倍増させる計画を立てている。
(2) 「女性社会進出支援」はビジネス的な成功に貢献する
こうした取組みは、ビジネス的な成功にも貢献している。日本の歴史を振り返ってもそうであるように(※3)、生理用品の普及と女性の社会進出には密接な関係がある。女性の社会進出が進めば、生理用品などの衛生用品は普及する。つまり、同社が「女性社会進出支援」を行うのは、将来の需要を掘り起こすという面もある。さらに、利用者でもある女性を販売・製造現場に配置することで、きめ細かなサービスの提供や、高品質維持が期待できる面もある。女性の社会進出に率先して取組むことで、政府や地域社会からの理解も得られ、新たな地域への進出を容易にすることもあろう。また、同程度の価格であれば同社製品が好まれる、という場面が出てくる可能性もある。
同社の海外展開戦略がどのように進むのか、同業他社比で有利に進められるのか。ビジネスと密接な関係のある女性の社会進出支援に積極的に取組んでいるという点は、他社との差別化において重要な役割を果たしていると考えられる。
※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.
※2 ビジネス行動要請(Business Call to Action: BCtA)は、民間企業が、商業的な成功と持続可能な開発を両立する革新的なビジネスモデルを構築することを支援する世界的なイニシアティブ
※3 田中ひかる「月経をアンネと呼んだ頃――生理用ナプキンはこうして生まれた」(ユック舎、2006年)
*この原稿は2013年2月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。