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排出権制度の失敗からわれわれが学ぶべきこと

2012年12月03日 三木優


 2012年10月23日、排出権の主要な取引市場である欧州気候取引所(ECX:European Climate Exchange)に上場されているCER(Certified Emission Reductions)*1価格が初めて1ユーロを割り込み、0.97ユーロ/tCO2となった。当日の為替レートの終値は103.67円/ユーロだったので、日本円に換算すると約100.6円/tCO2になる。リーマン・ショック以降の世界的な景気後退に入る前までは、経済活動に伴うエネルギー消費の伸びを背景に、排出権需要が増大し、需給が逼迫すると見込まれていた。CER価格が最高値を付けた2008年7月には21.9ユーロまで上昇しており、当時の為替レート終値の月間平均の168.4円/ユーロで換算すると約3,688円/tCO2となった。最高価格と現在の価格を比較すると約36倍強の開きがあり、約4年間でここまでCER価格が下がる状況は「暴落」と言って差し支えない。
 CER価格がここまで下落した背景には以下の理由が挙げられている。
・企業を対象としたCO2排出権の主要な需要地となっている欧州にて景気後退が長期化。それによって欧州排出権取引制度にて無償で毎年配布される排出権のEUA(European Union Allowance)さえも余剰になったこと
・欧州以外の主要な買い手と期待されていた、日本政府および日本企業が京都議定書の第二約束期間(2013年以降)に参加しないこと
・CERを創り出すCDM(Clean Development Mechanism)プロジェクトの登録数が順調に増加し、今後、需要を大きく上回るCERが供給される見通しがあること

 以上の様に、リーマン・ショック以降の状況の変化により需給バランスが大きく崩れているにも関わらず、供給側にそのフィードバックが働いていないことが下落の根源にある。原油や天然ガスのような根源的に価値を持っているコモディティであれば、需給に応じて価格と供給量が調整され、長期的に見れば価格は一定の範囲に収まる。しかし、排出権制度は人為的にその価値が作られたものであるため、想定外の事態が発生し、制度設計の前提が崩れても価格と供給量による調整機能がうまく働かないケースがある。
 排出権制度の制度設計では、大幅かつ長期的な排出権需要の減退を想定していなかった。一方、排出権を作るには準備期間を含めると2~3年を要するため、さまざまな企業が排出権を目当てにCDMプロジェクトに取り組んだものの、プロジェクトが実現した頃には排出権の需要が消失していた。しかし、作ってしまった排出権の行き場はどこにも無いため、当然の帰結として、価格は暴落し、しかも売ることも困難な状況となってしまった。

 このような排出権制度の失敗は、排出権特有の原因に起因するものではなく、いわゆる「官製市場」の特徴に起因するものである。官製市場とは、政府などが規制や制度によって作り出した市場(ビジネス領域)であり、排出権制度以外にもフィードインタリフ*2が挙げられる。
 新興国でも排出権取引制度やフィードインタリフなど、さまざまな官製市場が創られ始めており、今後も増加することが想定される。大きな市場規模となることから、日本企業がそこでのビジネスを念頭に新興国市場へ乗り込んでいくケースも散見される。
 官製市場は魅力的であるため、基本的には正しい取り組みと言える。一方で、官製市場は制度設計から実施まで10年単位の時間軸で進むことから、制度設計時には想定していなかった事態が発生する可能性が高いことに留意が必要である。フィードインタリフでは、ドイツやスペインで買い取り価格の調整に失敗したために太陽電池メーカーの過当競争を誘引した上に、太陽光発電の導入量が増えすぎて国民負担が重くなりすぎる事態を招いている。一定の費用をかけて進出する場合には、官製市場以外の市場へのアプローチも同時に行うなど、事業環境が大きく変わったとしても事業が続けられるようにするべきである。


*1 CERは京都議定書にて利用が認められている排出権の1つ。日本企業は経団連自主行動計画に定めた温室効果ガス排出削減目標を達成する手段の一つとしてカーボンオフセット(企業が自主的に行うCO2排出量の相殺活動)に使うためにCERを購入していた。多くの企業では、2008年までにCERを10~20ユーロ/tCO2程度(当時の為替レートで約1,600~3,200円)で購入していたため、大量に購入しなければならない電力会社や鉄鋼会社ではCERの購入費用を抑制することが大きな課題となっていた。

*2 再生可能エネルギーなどの競争力はないが、政策的に導入量を増加させたいエネルギーに対する優遇制度の一つ。具体的には発電された電気を通常よりも高い価格で一定期間(15~20年間程度)買い取ることを政府が約束する制度。買い取りに要する費用は、電気料金に転嫁されて需要家が負担する。高い買い取り価格と政策的な裏付けがあるため、制度が実施されているドイツやスペインでは多くの企業が発電事業として太陽光発電や風力発電に参入した。日本でも2012年7月から制度(固定価格買取制度)が開始され、太陽光発電の爆発的な導入につながっている。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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