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新興国での市場創造における二つの課題

2012年10月16日 八幡晃久


新興国市場を統括される立場の方と話をする際、よく耳にするのが「海外大手企業が市場で大きなシェアを持っており、追いつくのに苦心している」というものだ。この背景には、海外大手企業が日本企業より早い時期に進出した結果、ユーザーの認知度に大きな差が生じているという事情がある。

ユニリーバ傘下のヒンドゥスタン・ユニリーバは、インドのせっけん市場において40%超のシェアを誇る。せっけんを主力商品とする同社は、約3,300億円を売り上げ(2012年3月期)、その1割程度をインド農村部であげている。生活水準が低く、せっけんや洗剤など同社の商品を使う習慣自体が無かった農村部での販売は、10年前にスタートした地道な取り組みに支えられている。同社は、清潔を「見た目に汚れがないこと」と考えているインド農村部住人に対し、学校でのデモや、子供と親を対象としたキャンプ、母親への勉強会を通じて、目に見えない細菌が健康に与える悪影響を伝える活動を2002年から行っている。この活動は、これまで5万以上の農村に住む1億2,000万人以上に対して実施されており、人々のせっけんに対するニーズの喚起に寄与している。ユニリーバによってせっけんの必要性に気付いた人は、まず「せっけんという商品」ではなく「ユニリーバのマークのせっけん」を探すのではないだろうか。そのような市場に後から参入するのは大きなハンディである。

シェアを決める要素にユーザーの認知度があるならば、新興国市場での競争で成功するには、早い時期に進出して需要を開拓し、市場を創造していくことが必要である。しかし、多くの企業は早い時期の進出にちゅうちょし、その結果としてどの市場においても後塵を拝すこととなり、不利な戦いを強いられている。市場進出が遅れる企業に共通した傾向として、「経営の時間軸が短いこと」、「財務指標以外の事業マネジメント手法が確立されていないこと」が挙げられる。

事業ポートフォリオが「今、キャッシュを生み出している事業」ばかりでは、市場の衰退とともに企業は衰退してしまう。企業は、既存事業で市場のライフサイクルを変えるか、もしくは、「投資を要するが、導入期・成長期にあり、将来キャッシュを生み出す可能性のある事業」を常に持ち続けるべきである。
しかし、経営の時間軸が短くなると、どうしても「投資」がやりにくくなる。技術志向の強い日本では、それでも技術開発への投資には予算を割こうとする企業も多いが、一方で「事業開発」の重要性はあまり認識していないため、投資が控えめになりがちである。

仮に、経営の時間軸を長くして、当面は赤字覚悟で事業を立ち上げた場合でも、事業評価が適切にできないために市場の「創造」に至らないことがある。財務指標以外の評価基準が無いため、新興国現地の事業所は結局、単年度の「売り上げ」や「利益」で本社からの評価を受ける。こうなると、立ち上げ当初は「10年かけて黒字化を目指そう」というコンセンサスが得られていても、いつのまにか現地事業所のアクションは短期的な財務指標に引っ張られ、長期的な種まきに時間を割くことができなくなる。一方、例えば、先のユニリーバの事例では、「啓発活動を年間3,000万人に対して実施する」ことを目標として掲げており、同時にその効果測定として「細菌について知っている人」や「細菌が病気の原因であることを理解している人」の割合がどう変化したかを把握している。長期的な種まきを持続させるには、市場創造までのシナリオを描いた上で、プロセスの進捗状況とシナリオの確からしさを評価することが大切だ。

日本を含む先進国市場の成長が見込めない以上、いずれは成長市場、つまり新興国でキャッシュを稼げる体制に移行しなければならない。そのためには「経営の時間軸が短い」、「財務指標以外の事業マネジメント手法が確立されていない」という企業内部に存在する二つの課題をクリアする必要がある。優れた企業がそうであるように、円高、高い法人税率などの外部環境を嘆くのではなく、自社で手の付けられる課題にいち早く着手することが重要である。


※メッセージは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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