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Business & Economic Review 2011年12月号

【特集 グローバル債務問題】
欧州ソブリン危機の展開と金融システムの動向

2011年11月25日 河村小百合


要約

  1. ギリシャによる財政指標の粉飾が発覚したことに端を発し、欧州のソブリン危機が問題となってから、すでに約2年が経過した。本稿においては、欧州のソブリン危機のこれまでの経過や政策面での対応を整理したうえで、EBA(欧州銀行監督庁)の公表データに基づき、現在、欧州の金融システム、ひいては国際金融市場がいかなるリスクを、どのような形で抱えているのかを分析する。そのうえで、関係各国等が今後、打ち出していく対応策のいかなる側面に着目すべきか、危機の収束に向けて、短期・中長期の各側面において、いかなる対応が求められるのかを検討することとしたい。


  2. 2009年秋以降、ギリシャのみならず、アイルランド、ポルトガルにおいて、次々と財政危機が表面化した。影響はこの3カ国にとどまらず、ユーロ圏のその他の「周縁国(peripheral countries)」等にも及びつつある。これに対して、ユーロ圏加盟国を対象とするFSF(European Financial Stability Facility、欧州金融安定ファシリティー)等が設けられ、IMFの協力も得て、財政危機国に対する危機対応の流動性支援が行われている。ECBも危機対応のオペレーションの実施等によって、危機国の財政運営や欧州各国の銀行の資金繰りを下支えしている。


  3. ソブリン・リスクに関して欧州銀行が抱えるエクスポージャーには、①各銀行がバランス・シート上で各国国債を保有することによる直接的なエクスポージャー、②各銀行と当該国との直接的なデリバティブ取引(金利スワップ契約等)によるエクスポージャー、③各銀行と、当該国以外の第三者を直接の取引相手とするデリバティブ取引(CDS等)による間接的なエクスポージャーの三つがある。このうち、①の状況をみると、どの国についても、当該国の銀行が自国の国債を突出して大量保有しているが、それ以外では、フランス、ドイツ、ベルギーといった国々の銀行が、自国以外の国債保有を膨らませている状況が読み取れる。また、デリバティブ関連の②や、とりわけ③のCDS取引に関しては、フランス、ドイツ、イギリス、スペイン、イタリア等の国々の銀行が、相応の規模のエクスポージャーを有している状況が認められる。万が一、CDSのトリガーに抵触するデフォルトなどの事態が今後生じた場合、欧州の銀行を震源とする、システミック・リスクの拡大が現実化する可能性は排除できない状況といえよう。


  4. ギリシャの財政危機状態が長引いていることを受け、ユーロ圏各国の首脳は2011年10月26日に包括的対応策を決定した。そこでは、①ギリシャの債務を、民間セクターの自発的な対応の形で50%カットすることや、②EFSFの機能を、場合によってはIMFやEU域外の新興国等の資金拠出も得る形で拡張すること(「レバレッジ方式」。詳細なスキームは未定)、③銀行の中核的自己資本比率を、危機対応目的で一時的に9%に引き上げ、所要の資本増強策を2012年までに実施すること、④経済同盟を強化するための方策について、EUおよびユーロ圏の首脳が2011年内をめどに検討すること、等が盛り込まれた。


  5. そのうち、③銀行の資本増強が今後必要になるとみられる規模について、EBAは、10月26日、1,064億ユーロという暫定値を示した。これに対しては、「予想レンジの下限」との受け止め方がみられるほか、IMFが2011年9月に公表した、欧州ソブリン危機から予想されるEU銀行セクターへの累積的影響の規模の合計額(3,000億ユーロ)ともかい離するものとなっている。ちなみに、EBAの公表計数を基に筆者が行った粗い試算では、所要資本調達規模は約2,200億ユーロに達するほか、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、アイルランド等の国々の銀行の所要資本調達規模について、EBAの暫定値が、筆者の試算結果を大きく下回る形となっている点が目立つ。今後、EBAが確定値を公表する際に、国別のみならず、各行別の所要資本調達額の計数も明らかにするかどうか、各国別ないしは各行別に考慮している要件等があれば、それも明らかにするかどうか、そのようなディスクローズを通じて、所要資本調達額の規模がこの程度で済むことの明確な理由が明らかにされるかどうかが注目される。また、欧州の実体経済への悪影響を最小限にとどめるためには、各行が、資産売却や債権回収のような動きを強めることがないかについても注意を払う必要がある。


  6. ギリシャ危機を、他国に伝染させることなく、収束に向かわせるためには、まず、欧州の金融システムに対する信認を盤石なものとしたうえで、民間セクターによる自発的な対応をベースとする、ギリシャの「秩序立った債務調整」を実施することが必要である。①CDSのトリガー抵触の経路を通じたシステミック・リスクを起こさないようにすること、②多額のギリシャ国債をオペを通じて受け入れているECBの保有分にまで、債務調整の影響が及ぶことを回避するうえでは、こうした対応が欠かせない。また、同時に、銀行部門の資本の厚みを十分に確保しておくことも必要である。所要資本増強額に関しては、EBAが10月に公表した暫定値にとらわれることなく、真に必要な規模を確保するために、公的資金注入もためらわず、遅滞なく実施することが求められる。さらに、セーフティ・ネットとしてのEFSFの規模は、今後の各国の所要資金調達額の見通しに鑑みれば、1.5兆~2.2兆ユーロの規模とすることを目標に、IMFや新興国との協議を早急に進めることが望まれる。


  7. そして、中・長期的な意味でもこのような財政危機の再発を防ぐためには、ユーロ圏各国は今、経済・通貨統合の枠組みを今後も維持するのであれば、政治統合に踏み出すのかどうか、ハードルは高いものの、遠からずその判断を下さざるを得ない状況に立たされている。その意味で、「経済同盟を強化するための可能なステップ」として、ユーロ圏の首脳が、いかなる方向性を年内に打ち出すのかが大いに注目されよう。
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