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Business & Economic Review 2011年9月号

【特集 社会保障・税一体改革】
消費税の諸課題と改革の選択肢

2011年08月25日 西沢和彦


要約

  1. 2011年7月1日、社会保障・税一体改革成案(政府・与党社会保障改革本部決定)が閣議報告された。その最大の眼目は、消費税率を2010年代半ばまでに段階的に10%まで引き上げることにある。追加的な引き上げ幅である5%の使途内訳は、社会保障の機能強化3%、社会保障の機能維持1%、および、消費税率引き上げに伴う政府調達の増分など1%とされている。
    もっとも、こうした政府・与党の議論は片面的である感が拭えない。それは、焦点が消費税率引上げ時の使途に集中し、消費税という税目そのものに関する議論が乏しいためである。消費税には、逆進性批判、益税問題、国と地方の配分、および、医療や介護など非課税取引にも実質的に課税されているいわゆる「損税問題」など複数の課題がある。これらの課題が十分に議論し尽くされ、消費税そのものが、国民各層から広く支持されることが、社会保障・税一体改革成案の確実な実現にとって不可欠であろう。本稿は、消費税が抱える諸課題のうちとりわけ重要と思われるものに焦点をあて、試算を交えつつ論点を整理し、改革に向けた選択肢を提示した。


  2. 逆進性とは、低所得層ほど収入に対する消費税の負担率が高いことを指し、逆進的な消費税は、租税原則の一つである垂直的公平の原則からみた場合、不公平であるとの批判がある。こうした逆進性批判には、軽減税率導入など幾つかの対応パターンが考えられ、そのなかで、政府・与党が念頭に置いているのは、カナダのGST(カナダの付加価値税)クレジットをモデルとした戻し税方式である。GSTクレジットは、低中所得層向けに、GST支払額の一部を概算で還付する仕組みであり、わが国に導入する場合、次の実務的課題がある。
    第1に、税務行政の抜本的見直しである。具体的には、所得捕捉が、国税庁と地方自治体とのいわば二元体制にあり、低所得層の所得捕捉を行っているのはもっぱら地方自治体となっている現状を改め、所得捕捉はすべて国税庁が一元的に行うなど抜本的見直しが必要である。
    第2に、金融資産所得の正確な捕捉である。現在、金融資産所得は、源泉分離課税が認められており、給与所得をはじめ他の所得と合計して捕捉される体制にはなっていない。戻し税方式の公平性を確保するためには、金融資産所得も含め所得を税務当局が正確に捕捉し、その所得をもとに戻し税額が決定される仕組みとする必要がある。
    第3に、給付主体の決定である。例えば、アメリカの歳入庁において、EITC(勤労給付付き税額控除)の申請の35.5%が不正申請であるなどの事例をみると、低所得者向け給付行政には、執行上の困難が予想される。そうした給付行政を、国税庁、地方自治体のいずれが担うのかも極めて重要な論点である。
    現在、政府・与党内では、第2の点と関連し社会保障と税の共通番号制度導入の議論が進められているものの、第1と第3の点はほぼ白紙状態といえ、議論への着手とスピード感のある議論展開が求められる。


  3. 益税問題も、かねてより、消費税の信頼を損なうものとして批判の対象となっているが、益税の発生原因、および、発生規模に関しコンセンサスが形成されている訳ではない。
    益税の発生原因に関しては、これまでは簡易課税制度と免税点の二つが発生原因であり、その結果、小規模事業者に経済的メリットが発生していると考えられてきた。他方、益税の発生原因としては95%ルール(売上に占める課税売上の割合が95%以上であれば、仕入にかかる消費税を全て仕入税額控除できる制度)の方が看過できず、その経済的メリットを受けているのはむしろ大企業であるとの見方も出ている。
    益税規模に関しても0.5兆円程度であるとしている推計から、その2倍超の1.1兆円規模に及ぶ可能性を示唆する推計もある。さらに、こうした益税を問題視する見方がある一方、わが国の消費税制は効率的であるとの見方もある。
    益税問題を、このように漠たる不信の対象として放置するのではなく、発生原因、および、規模に関し、まずはコンセンサスを形成する作業が求められているといえよう。


  4. これら逆進性批判や益税問題と異なり、目立たないが重要な課題として、非課税取引の扱いがある。現在、税法上、社会政策的な配慮などから、医療・保健、介護、教育などは非課税取引とされている。もっとも、その語感に反し、これらサービスの提供に要する仕入について仕入税額控除が認められない結果、実質的には消費税が課税されている。
    その規模を、本稿は「産業連関表」に基づいて推計した。すると、医療・保健に0.9兆円の消費税が実質的に課税されているとみられる(2005年度)。同様に、介護0.1兆円、金融・保険0.6兆円、住宅賃貸料0.4兆円、住宅賃貸料(帰属家賃)0.1兆円、教育0.9兆円、社会保障0.1兆円、その他公共サービス0.1兆円となる。合計2.6兆円である。
    今後、消費税率が単純に引き上げられた場合、医療・保健、介護事業者などにとって無視しえない影響が及ぶ。消費税率引き上げにより消費税込みの仕入価格が上昇するものの、医療・保健と介護は公定価格であるがゆえに、事業者自らの意思で税込み仕入価格の上昇分を販売価格に転嫁できないためである。仮に、消費税率が追加的に5%引き上げられると、例えば、医療・保健の仕入価格は0.9兆円アップする計算である。
    こうした事態を回避するには、主に三つの方法がある。一つは、税込み仕入価格の上昇を吸収する分だけの公定価格の引き上げである。二つ目は、これらのサービス提供者に仕入税額控除を認めることである。すなわち、ゼロ税率とすることである。三つ目は、非課税取引ではなく、課税取引とすることであり、これが最もスッキリとした案といえる。いずれの方法が採択されるにせよ、この問題を放置することなく、議論の俎上にのせることが先決である。


  5. さらに、地方消費税の議論が必要である。地方消費税は、地方税の柱の一つとして期待がかかるものの、現行の仕組みのまま地方消費税を拡充することは好ましいといえない。第1に、地方税ならば、課税標準と税率の決定において地方自治体の自主性が発揮されることが必要と考えられるものの、現状はそれを満たしていないためである。徴税も、国が行っている。
    第2に、消費税の根本的特性すなわち多段階課税でありつつ税収は最終消費地に帰属するという特性が、地方税にとって運営が難しく、かつ、現在、クリアな解が示されていないためである。多段階課税ということは、一つの財・サービスに関して、複数の都道府県で消費税が納税されつつ、それらの税収は最終消費地の所在する都道府県に帰属すべきことを意味する。この作業を、現行制度は、財・サービス一つずつ行うのではなく、マクロの統計を用いて簡便に行っているが、現行制度は問題なしとしない。今後、地方消費税を拡充していくのであれば、最終消費地により正確に税収を帰属させるため、現行制度の見直しが必要であろう。


  6. このように、消費税率の引き上げが国民各層から受け入れられるためには、政府・与党がこれまで注力してきた使途の議論のみならず、消費税という税目そのものに関する議論の深化が期待される。
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