Business & Economic Review 2010年12月号
【STUDIES】
内部統制報告制度は日本企業の財務報告にどのような影響をもたらしたか?
「アクルーアルズの質」に関する実証分析
2010年11月25日 新美一正
要約
- エンロン事件の反省のうえに、アメリカでは、2002年に企業改革法(Sabanes Oxley Act(SOX))が制定された。SOX法は、粉飾決算を未然に防ぐ主要な役割を、取締役が果たすべき善管注意義務を具体明文化した内部統制ルールに求め、さらにその適切な執行を担保するために、内部統制報告書の作成開示と監査を義務付けるものであった。少し遅れて、日本においても、2006年6月に金融商品取引法が成立し、すべての上場企業は2008年度決算から、内部統制報告書と代表者確認書を作成し、開示することが義務付けられた。
- これら新法により導入された内部統制報告制度に関しては、財務報告の質的改善に寄与するという評価がある一方、上場企業に対して過度の経済的負担を強いることから、資本市場振興の妨げになっているという批判もみられる。しかし、内部統制報告制度の究極の目的は財務報告の信頼性向上にあることを考えると、制度導入の評価は、「財務報告の質」をベンチマークにした、コスト=パフォーマンス的な分析によって行われるべきである。
- しかし、目に見えない「財務報告の質」を客観的に分析することは、かなり難しい作業でもある。本稿では、内外の先行研究成果サーヴェイに基づき、運転資本変動と過去・現在・将来の営業キャッシュフローの間の関係性を回帰分析で推定し、その誤差(絶対値)によって「アクルーアルズ(会計発生高)の質」を定義するアプローチを採用した。そのうえで、実際の財務データを用い、このアクルーアルズの質が内部統制報告制度導入前後でどのように変化したかを実証的に検討した。
- 実証分析の結果、アクルーアルズの質そのものに関しては、内部統制報告制度導入前後で、統計的に有意な差は見られなかった。ただし、アクルーアルズの質の決定要因分析を行うと、導入を挟んで、かなり大きな決定要因の変動が観察された。とくに、導入前に見られた裁量的なアクルーアルズ操作とアクルーアルズの質との間の関係性が導入後には全く消失する一方、導入後には、それまで顕在化していなかった研究開発費・広告宣伝費などの裁量的支出項目操作による実体的な裁量行動の存在を示唆する結果が得られた。これらは、内部統制報告制度の導入を契機に、経営者の裁量的利益操作の方法が、会計的操作によるアーニングス・マネジメントから、営業キャッシュフローそのものを操作する、実体的裁量行動にシフトしていることを示しており、内外の先行研究ともおおむね整合的な結果と言える。