Business & Economic Review 2010年5月号
【STUDIES】
特別損益情報の有用性を考える-投資家による情報価値評価の実証分析
2010年04月23日 新美一正
要約
- 早ければ2015年3月期より、わが国上場企業は国際会計基準(IFRS)の全面適用を迫られる。IFRSの導入に伴い、期間業績計算書は、現行の当期純利益をボトムライン(最終利益)とする損益計算書から、未実現評価損益を含む包括利益をボトムラインとする包括利益計算書へ、大幅な変貌を遂げる。とくに、IFRSが依拠する会計基準書であるIAS1.87は、包括利益計算書ないし注記事項において異常損益項目(収益および費用)の開示を禁止しているので、段階的利益の内訳から営業外利益・費用、特別利益、および特別損失の各項目が姿を消すことは確実な状況である。
- IFRSが、こうした強硬な姿勢を示しているのは、事業上で発生した損失は、たとえそれが地震などの天変地異による臨時・偶発的なものによるものであったとしても、特定のリスクの帰結のみを恣意的に切り出すべきではない、という考え方に立つからである。しかし、現実に企業が計上する特別損益のうち、臨時・偶発的リスクの帰結部分はむしろ例外的である。例えば、特別損失の大部分は、過去の経営失敗を明らかにしたうえで、その後始末として経営者が意識的に計上する性格のものである。会計情報の利用者は、計上された特別損益から、将来的な経営の展望に関する経営者のメッセージを読み取ることが、少なくとも理論的には可能である。もし、特別損益がこのような投資家に対する情報伝達機能を果たしていれば、特別損益に攪乱的な情報価値しか認めないIAS~IFRSの考え方は狭量に過ぎると言わなければならない。
- 以上の問題意識に基づき、本稿では特別損益項目が投資家にどのような情報価値をもたらしているのか(あるいはいないのか)について、実際の株価・財務データを用いて実証的に検討した。その結果、特別損益の計上は、投資家による経常利益の持続性評価を改善させる効果を持っていることがわかった。仮にIFRS包括利益計算書において特別損益項目の開示が現行方針通りに禁止されることになれば、別途、上場企業に対してその自主的な開示を促す措置が検討される必要があろう。
- ただし、特別損益を計上した後でも、経常利益の持続性に対する改善効果が投資家に認識されないケースもみられた。具体的には、特別損益計上の翌期に経常利益が増益となるケースがそれに当たり、このケースでは、とくに2003~2004年以降の年度に関しては、特別損益の計上は、持続性に関してかなり明瞭なマイナスの効果をもたらしていた。この時期が、わが国におけるビッグ・バス会計の導入期に当たることを考えると、投資家は、特別損益計上後の増益企業に対しては、アーニングス・マネジメントによる利益嵩上げ行動の存在を前提に、利益持続性に対する評価を割り引いている可能性がある。