Business & Economic Review 2010年4月号
【STUDIES】
なぜIFRSは直接法による営業キャッシュフロー 表示を志向するのか?
2010年03月25日 新美一正
要約
- 国際会計基準(IFRS)では、当期純利益に代わって、評価差額を含む包括利益が、現在の損益計算書に代わる「包括利益計算書」のボトムラインとなる。しかし、経営者がコントロール不能な部分を含む包括利益は、マネジメント行動の期間評価尺度としては必ずしも適切ではない。一方、特別損益項目の廃止に伴い、当期純利益の変動性は今後より増大する可能性が高く、業績評価尺度としての利便性は後退すると予想される。こうした状況変化を踏まえれば、キャッシュフロー情報が、従来以上に、業績評価尺度として重視されるようになる可能性が高い。
- 2008年にIASCF(国際会計基準委員会財団)が発表した「Financial Statement Presentation」に関するディスカッション・ペーパー「財務諸表の表示に関する予備的見解」は、営業キャッシュフローの表示法として、従来、圧倒的多数を占めてきた間接法に代わり、直接法による表示を優先させるという提言を含んでいた。その理由として、直接法により開示される項目の情報が、将来キャッシュフローの予測という点で、間接法により開示される項目に比べ追加的な情報内容を持ち、それゆえに予測精度を高める可能性が指摘されている。もちろん、この主張は、実証研究によってその妥当性を判断されるべき問題である。
- 以上の問題意識にしたがい、本稿では、将来キャッシュフローの予測能力という観点から、直接法・間接法それぞれによる開示項目の持つ情報量に関して、実証的に比較検討した。具体的には、直接法・間接法の開示項目を説明変数、1期先の営業キャッシュフローを被説明変数とする回帰モデルを推定し、推定結果に基づく1期先の予測誤差に基づいて、各モデルの予測能力に関して統計的な測定を行った。
- 得られた推定結果はやや微妙なものであった。直接法は間接法との相対比較で、計測期間によってはキャッシュフロー予測能力に優れるケースも散見されたが、総体的に判断すれば、わずかながら間接法に劣後する傾向が検出された。したがって、キャッシュフロー予測の改善を主な理由として、直接法による情報開示を積極的に提言することは難しい。半面、本研究では、必ずしも理想的なモデル定式化が実現できていないにも拘わらず、直接法モデルは間接法モデルとほとんど遜色ないキャッシュフロー予測能力を持っていることも確認された。会計情報利用者に有意義な情報をできる限り開示していくというIFRSの基本的姿勢を踏まえれば、直接法の導入に増分情報的な意義を認めることも可能である。