Business & Economic Review 2010年2月号
【特集 世界的危機後の金融】
コーポレートガバナンスを巡る議論
2010年01月25日 調査部 金融ビジネス調査グループ 主任研究員 藤田哲雄
1.はじめに
2008年に生じた金融危機については複数の要因が指摘され、議論が深化している。その要因はグローバルレベルのマクロなものから、個々の金融機関レベルのミクロなものまで様々である。確かに世界的な金融緩和というマクロ的な要因がなければこのように大きな問題とはならなかったかもしれない。しかし、今回の金融危機は、世界の金融システムの問題点を様々なレベルで明らかにした。マクロレベルでの議論に加えて、ミクロな要因についても問題点を抽出し、対策を講じれば、今後の金融システムの一層の強化に資するはずである。マクロレベルの要因やその対策については、本号や本誌2009年7月号をはじめ多くの論考が発表されている。そこで、本稿では金融危機のミクロレベルの要因の一つについて考えたい。
個別の金融機関レベルの要因についてみると、一部の金融機関における過度なリスクテイクとリスク管理の不十分であったことが今般の金融危機の原因であると指摘されている。リスク管理の手法については数理統計モデルを活用し、定量的にリスクを把握することが近年の、とりわけ金融業界におけるリスク管理の「進化」のトレンドであった。
しかるに、今般の金融危機においては、このリスク管理が適切に機能しなかったことが明らかになった。すなわち、リスク管理は必ずしも十分に成功しなかったわけであるが、これはさらに幾つかの要因に分けて考えることが出来る。第1は、リスク管理手法そのものが適切に設計されていなかった、という可能性である。すなわち、リスク管理手法という道具がそもそも上手く設計されておらず、いかに適切に活用してもリスク管理上の限界があったのではないか、ということである。第2は、リスク管理を行う体制・組織の問題である。リスク管理を行う部署が金融機関のなかで、他の部署を実際に牽制する機能を有していなければ、そのような組織を備えていても無意味だからである。第3は、リスクテイクのインセンティブ構造に問題があったのではないかということである。すなわち、過度なリスクテイクを行い、成功すれば大きな利得(報酬)が得られる一方で、失敗しても失うものは少ないという構造であれば、過度なリスクテイクが行われる可能性が高い。これらの問題のうち、第1はリスク管理モデルの問題であり、景気循環を加速させるプロシクリカリティの問題、マクロプルーデンスの問題と併せて今後の方向性が模索されている。第2、第3の問題は、危機後から欧米各国では、金融機関におけるコーポレートガバナンスの問題として盛んに議論されている。端的には、リスク管理体制の在り方、金融機関の役職員の報酬に関する規制の在り方という形で議論されており、後者は近い将来、各国における金融規制の強化の方向で具現化する可能性がある。
コーポレートガバナンスの在り方は、各国の歴史的経緯を反映して一様ではない。また、コーポレートガバナンスをどのように捉えるか、あるいはどのようにアプローチするかということについてもこれまで様々な考え方が提示されている。わが国の議論では、日米の企業経営構造の差異を認識したうえで、1990年代後半からアメリカをモデルとした様々なコーポレートガバナンス改革が試みられてきた。また、最近では株主価値向上の観点からわが国のコーポレートガバナンス見直しの議論も行われるようになっている。したがって、欧米のコーポレートガバナンス議論の動向に注意し、そこから示唆を得ておくことは、金融機関のみならず、一般事業会社にとっても今後の方向性を考えるうえで参考になると思われる。
本稿では、欧米では議論が盛んな金融機関におけるコーポレートガバナンスに関する議論について報酬問題を中心として紹介し、金融規制とコーポレートガバナンスの関係について若干考察したうえで、今後わが国の金融システムを考えるに当たって、コーポレートガバナンスに関する課題について言及したい。