Business & Economic Review 1995年04月号 【TECHNOLOGY】 地方自治体の環境行政と住民参加 1995年03月25日 産業インキュベーションセンター 足達英一郎平成5年11月に「環境基本法」が制定されたのを受け、中央環境審議会は国の環境保全に関する基本的な計画である「環境基本計画」の取りまとめを行ってきた。その等答垂ッて昨年12月には「環境基本計画」が閣議決定されている。いうまでもなく、今日の環境問題は地球規模的な広がりを持つものであると同時に、生活者自身が環境負荷を生じさせているという実態を浮き彫りにしている。かつての公害問題が大気汚染、騒音といった典型的公害を対象としており、企業責任を追及するものだったのに対して、現在ではより視野を拡大しなければ問題の解決は図れなくなっているのであり、一昨年の「環境基本法」制定の背景もそこにあるといえる。こうした国の動きに連動するかたちで、各地方自治体でも環境問題等の新しい課題に対応する動きが顕著となっている。これまで熊本県、川崎市、大阪府、神戸市、東京都などが地球環境保全の視点を盛り込んだ「環境基本条例」を制定した。このほか多数の地方自治体が条例制定に向けた検討を始めている。さらに今後は、各地方自治体が総合的かつ計画的に環境政策を推進するため「環境基本計画」の策定が進んでこよう。公害防止の取り組みにおいては、国の施策に先行するかたちで地方自治体の条例や施策が大きな成果を上げてきた経緯がある。「公害問題とちがって地球環境のようなグローバルな問題をローカルな地方自治体が扱おうとするのはナンセンス」という声もある。しかし、今日では地域の関心を払うべき環境の範囲はすでに大きく拡大しており(図普j、地球環境を含めて環境の保全を図るためには生活者のライフスタイルの見通しをも想定せざるを得ない。そうした観点からいえば、住民生活に最も密着している地方自治体が、地域の特性と住民のコンセンサスに合わせた具体的な目標を設定し、それを達成するための行政、住民、事業者への関与、誘導、調整の諸手法を積極的に導入することはきわめて意義のあることと言えよう。たとえば全国に先駆けて、昨年2月に策定された川崎市の環境基本計画においては、「2000年において、市民一人あたりの家庭用水使用量を1990年レベルに抑制し、維持することを目指す」「1995年までに公共工事における型枠の熱帯材使用を1990年レベルより70%削減し、市内の熱帯材の使用を極力抑制することを目指す」等の定量的目標が示されている。環境保全の実効性は「理念」や「べき論」だけでは達成され得ない。最終的には誘導や規制が必要となる面も大きく、そのための目安となる目標が具体的に必要なのである。この点については、まさに地方自治体単位のきめ細かい計画づくりに役割が期待されるところである。ところで、これまで述べてきた条例や計画づくりにおいては住民参加が必須の要件となろう。これは、地方自治の形式的な大義名分論ではなく、「今後の環境行政の推進においては住民に生活に直接的に干渉しなければならないケースが生まれてくる」という想定に基づく本質論である。たとえば、川崎市の環境基本計画では、市民の水使用料の抑制を目標に掲げているが、これを実現するためには行政として住民に対する何らかの誘導もしくは規制が必要となるかもしれない。ところが、一方ではこれまで個人の経済活動ではできる限り自由が保障されるべきだとの通念があった。環境問題が浮上してきた現在、個人の経済活動(ここでは上水道サービスをどれだけ購入するか)の自由をどの程度制限できるかについて、各人の認識や意見のあいだには大きな幅があるのが実態であろう。条例や計画づくりに住民参加を要する意味は、その内容が住民のコンセンサスをベースに置いていなければ機狽オないからである。「過度な住民参加は、議論の集約を困難にする」という懸念を行政側が持つとすればそれは誤りである。仮に住民が環境保全派と開発派に分かれ、対立する事態となっても、それは環境保全に一歩でも近づくためのハードルと考えるべきである。東京都日野市では、住民の直接請求により環境基本条例の制定が求められるといった事態も生じている。一方で神奈川県鎌倉市では、昨年12月に環境基本条例を制定しているが、住民参加として、環境審議会委員に公募制を取り入れる、環境基礎調査の担い手として市民を調査員とする、商工会議所や生協団体などとともに市も発起人となり「かまくら環境会議」という市民団体を組織化するなどの取り組みを図っている。方法はいくつかあるにせよ、住民参加を実現してこそ、省庁利害の思惑から抽象的な記述しか盛り込めなかった国の環境基本計画に対して、地方自治体の取り組みを地に足の着いた、具体的なものとすることができよう。 施策の代替案としては、環境アセスメントの制度化もしくは積極運用、環境税・排出権取引制度等経済的手法の導入、事業者への環境監査制度の導入、自然環境再生技術の積極採用、ミティゲーション(開発に対する代償行為)の制度化、学校教育における環境教育カリキュラムの制度化など様々な候補がありうる。要は持続可狽ネ発展のために、異なった意見の住民が何が次善的に選択できる策なのかを議論することが必要なのである。地方自治体における環境行政の実効度は、わが国における地方自治の熟度のバロメーターに他ならない。