Business & Economic Review 1997年02月号
【OPINION】
財政投融資改革の第1ステップ
1997年01月25日
1.行財政改革の中の財政投融資改革
総選挙を経て行財政改革論議が高まる一方、その焦点は中央省庁の再編や金融行政の在り方に移りつつある。もとより、中央集権型欧米キャッチアップ・システムの象徴である中央省庁体制を機能、効率性、地方分権等の視点から見直すことは重要である。もっとも、行財政改革の今日的意義は、(1)公的部門を効率化し、先進国中最悪の状況に陥った財政システムを立て直すとともに、(2)官の領域を広範に見直し、官から民へのアウトソーシングを通じた内なる市場開放を経済活力再生の起爆剤とすることにある。この意味で、国の一般会計・特別会計のほか、地方公共団体、特殊法人等まで含んだ横断的な複合体である財政投融資制度に今回の改革が踏み込み得るか否かが、行財政改革全体の成否を大きく左右することになろう。さらに、財政投融資は公的金融システムとしての側面を有するだけに、金融行政の在り方を巡る論議においても、真正面から取り扱われるべき問題である。
2.財投の肥大化が意味するところ
財投計画残高は1995年度末で356兆円に達し、また97年度の新規投融資額51兆円(当初計画、政府案ベース)は、国内総生産の10.0%、一般会計予算の66.4%に相当する。国民経済、国家財政と比べた財投計画の規模は制度創設時(53年度、国内総生産の4.3%、一般会計予算の33.4%)に比べて2倍の水準に高まっているのが実情である。
そもそも財投の役割とは、民間に委ねた場合、市場の失敗により必要量が確保できない財・サービス(準公共財)を公的部門が供給することにある。資金不足が常態化していた高度成長期に、財投が産業インフラ整備や住宅供給等を手掛けることは国民経済的に意義があった。しかし、恒常的な資金余剰時代を迎え民間の供給能力が飛躍的に高まった今日、財投が担う領域が一段と拡大しているとは判断し難い。
加えて、準公共財の領域は政府の領域と民間の領域との接点に位置しているだけに、財投の肥大化は次の2つの問題を惹起している。
第1に、財投が民間領域を侵食していることである。郵便貯金・簡易保険、政府系金融機関、住宅都市整備公団等が民間企業と厳しく競合しており、公的領域が民間の自由な活動や新分野への挑戦を制約する壁となっていることは多言を要すまい。市場原理に十分に基づかない公的領域の巨大化は、経済全体としての効率性を損なっている可能性が大きい。
第2に、財投が本来財政が担うべき領域を代替していることである。80年代の土光臨調を起点とした行財政改革のもとで、国の一般会計予算では84~87年度に経常的経費▲10%、投資的経費▲5%というマイナス・シーリングが設定される等、厳しい歳出削減が実施された。もっとも、当時の行財政改革は三公社の民営化を除けば、国の一般会計を主対象としていたため、未充足の財政需要が財投に外延化する契機ともなった。すなわち、財投と一般財政(国の一般・特別会計、地方財政の総称)との役割分担が曖昧となり、短期的には国民負担に直結しない財投が使い勝手の良い政策ツールとして活用され、それが公的領域の無秩序な肥大化を招来した。
さらに、その質の悪化も急速に進んでおり、国債累増はもとより、特別会計、特殊法人等に埋め込まれた累積赤字が膨張し、将来の国民負担増大の火種となっている。
この意味で、財投の肥大化を抑止することは、官と民、さらに官の中で国と地方、一般財政と財投との役割分担を再規定のうえ整理し、公的領域の規律を再構築することになる。
3.財投肥大化の根因は原資システム
問題は、財投システムをいかに見直し、規模を縮小していくかである。正攻法は、出口の財投機関の有効性を政策的重要度と政策実現に伴う費用対効果等の観点から吟味することである。現に、行政改革委員会は先頃その端緒として、行政の関与のあり方に関して、(1)民間でできるものは民間に委ね、行政の活動を必要最小限にとどめる、(2)国民が必要とする行政を最小の費用で行う、(3)国民に対するアカウンタビリティー(説明責任)を遂行する、との3つの基本原則に立脚した官民の活動分担の判断基準を示したところである。公的部門の活動領域とそのあり方に関する判断基準が統一的に提示されたことはかつてない取り組みとして評価される。もっとも、この種のアプローチは財投システムに即していえば、財投機関の有効性を個別・多面的に検討する必要があるだけに、相応の時間を要することは否定できない。
このため、財投の見直しを着実に進めていくには、出口の洗い直しとともに、あるいはそれに先行して、財投にビルトインされた入り口における自己増殖的メカニズムにメスを入れることが不可欠である。すなわち、財投システムでは、出口機関に対する投融資額は政策目的を実現する見地から決定されるとはいえ、入り口の郵便貯金、公的年金等がこれとは無関係に資金を吸収する結果、出口機関に対する投融資額も歩調を合わる形で拡大する傾向がある。こうしたはじめに原資ありきのシステムのもとで、資金制約面から財投機関の効率性が問い直される機会も失われている。このように財投の原資を見直すことは、財投制度の核心に迫る改革の第1ステップとなろう。
4.財投縮小のための方策
そのための具体的方策としては、次の3点が指摘できよう。
(1)郵便貯金・簡易保険の縮小
第1は、民営化を視野に入れつつ、郵便貯金・簡易保険の規模を縮小することである。
郵便貯金については、制度自体が66年に廃止された米国はもとより、類似制度が存在する英国、ドイツ、フランスでも資金規模はわが国(96年10月末で220兆円) の1割未満にとどまっているのが実情である(英国:10.3兆円〈96年9月〉、ドイツ:6.2兆円〈95年12月〉、フランス:15.8兆円〈93年12月〉、96年9月の為替相場で円換算)。
こうしたわが国での郵貯肥大化は、民間対比有利な商品性の見直しが見送られてきたことに加え、あまねく国民に少額の貯蓄手段を提供するとのナショナル・ミニマムを謳った郵貯の本旨を逸脱した預入限度額を設定していることに起因する。すなわち、郵便貯金の預入限度額は、公共投資基本計画の達成等の目的により、88年4月以降、それまでの300万円から3度に亘って引き上げられ、現在は1,000万円となっている。こうした預入限度額の設定は、一世帯当たり預貯金額が96年6月末で716万円との実情に照らせば、明らかに過大である。郵貯見直しは、その本旨に則り、まずは預入限度額を87年度以前の300万円まで引き下げることから始めるべきである。さらに、預入限度額引き下げの実効性を担保するためには、貯金者別残高を一元的に管理する名寄せシステムを完備するとともに、それに基づく貯金受け入れ状況のディスクロージャーを徹底する必要がある。
このように、郵便貯金・簡易保険は、業務を根拠法が想定するナショナルミニマムに限定することにより、一般利用者の利便性を確保しつつその規模を縮小することがまずもって必要であり、郵政三事業の民営化は、その延長線上において実現されるべきである。
(2)公的年金の民間運用
第2は、公的年金の運用を民間に開放することである。
厚生年金、国民年金等の積立金は資金運用部への預託が義務づけられており、その額は修正積立方式のもとで年々増加し、96年11月末では122兆円に達している。こうした巨額の公的年金資金は統合管理・運用という財投の基本原則のもとで郵便貯金等とミックスされ、様々な政策分野に一体的に投融資されている。
しかしながら、預入後10年までは事実上自由に満期が設定可能な郵便貯金(定額貯金)と20、30年オーダーの運用期間が想定される公的年金とでは、その資金特性は大きく異なる。資金運用部への預託に当たっては、約定期間7年以上の資金は一律、10年物新発国債表面金利に概ね連動して設定される長期預託金利が適用される。こうした制度のもとで、公的年金は通常のイールドカーブのもとで得られる超長期資金の提供に伴うプレミアムを十分確保し得ていない可能性がある。また、公的年金は制度的に保険料が強制徴収され、しかも被保険者は国民全般にわたるだけに、アカウンタビリティーの観点からも分別管理が求められる資金である。さらに、財投の運用対象の中には累積赤字を計上している機関が数多くあり、運用の健全性についても懸念がある。
こうした側面を勘案すると、公的年金にとって、資金運用部あるいは財投が十分な受託者責任を果たしているのか、唯一無二の運用委託先であるのか、疑問の余地がある。したがって、公的年金と同様、国民の老後を支える企業年金等の運用が民間に委ねられている以上、公的年金についてもセイフティネットを整備しつつ、民間運用の解禁あるいは自主運用の一段の拡大を検討すべきである。加えて、公的年金という長期性貯蓄資金を財投固有の原資とすることが、金融機関、資本市場に対する規制とともに、市場の超長期資金供給能力の発達を阻害してきた可能性もあるだけに、その是非は金融システムの将来像をも見据えて検討されるべきである。
公的年金は制度そのものが少子化の進展、5.5%の予定利率を大幅に下回る運用環境の持続等を背景に将来世代に過大な負担を強いるものとなりつつある。このため、公的年金は、厚生年金・報酬比例部分の民営化等を主軸としてナショナルミニマムに限定する方向で見直しが検討されるべきであり、公的年金の民間運用・自主運用拡大はその端緒として位置づけられるものである。
(3)個別機関債の発行
第3に、財投機関による個別の機関債発行を自由化することである。
郵便貯金、公的年金等の財投原資としての位置づけを見直した場合、財投機関は大幅な資金不足に直面することになる。こうした量的不足に対して、財投機関のうち政策金融を担う機関に関しては、利子補給、審査・債務保証等を通じて民間金融を質的に補完する専門機関へと移行していくことが基本原則となろう。ただし、社会インフラ整備等を直接担当する事業実施機関については、政策の重要性や民間の代替能力等を吟味してなお必要と認められる機関に限って、原則として政府保証を付さない機関債の発行を弾力的に認める必要があろう。
こうした財投機関債の発行は、当該機関の資金調達コストの上昇に結びつくものの、他方で政策実現のためのコストが明確化されるとともに、財投機関に対して経営健全化に向けた自己責任を求めるものとなる。もっともそのためには、(1)企業会計原則等に準拠した、少なくとも民間企業並みのディスクロージャーの確保、(2)これに基づく格付けの取得が大前提となろう。さらに、現行の政府保証債発行に関しては、各銘柄一律10年の期間設定や個別銘柄の流動性を勘案しない同一発行条件の適用、政策協力制度に基づく厚生年金基金等に対する割当て消化等の不透明な市場慣行が存在するだけに、財投機関債を含め、わが国債券市場全体の透明性を高めていくことが併せて必要となろう。