Business & Economic Review 1996年06月号
【PLANNING & DEVELOPMENT】
官民の新しいパートナーシップを求めて
1996年05月25日 吉岡正彦
財政のひっ迫と民活の再登場
長期にわたる景気低迷に伴い、国および地方財政がひっ迫している。わが国の平成8年度の一般歳出予算は対前年比 2.4%と若干増加しているものの、その実態は建設国債9兆円、特例(赤字)国債12兆円の発行を伴うものであり、歳入見通しに裏づけられた予算編成という健全な姿ではない。また地方財政についても事業税、住民税等の税収の伸び悩みに伴い、緊縮財政が続いている。とりわけ地方財政は市民の身近なサービス水準に影響が出やすいことから、その影響は直接的である。
このような状況を受けて、最近、社会資本や公共施設整備に対する官民の境界の見直し論が盛んである。公共財政がひっ迫しているならば、公的な性格を持つ資本整備、すなわち教育、通信、公共事業等の社会資本整備に対しても民間資本・資金を積極的に活用せよ、という論理である。
これまでの民活の動向
公的セクターへの民間活力の導入は、昭和57年7月における臨時行政調査会(土光敏夫会長)の「行政改革に関する第3次答申」において、いわゆる民活方向が取り上げられたことを端に発している。そして昭和57年11月に発足した中曽根内閣によって積極的に推進され、昭和61年に民活法、62年にはリゾート法の制定をみている。
当時、政府が所有していたNTT株の売却益によるNTT融資の活用等が叫ばれ、とりわけ観光・リゾート開発分野での第三セクターの設立がブームとなったことは、まだ記憶に新しい。しかしバブル経済の崩壊と共に、およそこれらの動きは消え去ったかのようである。
そして今日、財政危機を理由に再び民間活力の利用が叫ばれている。したがって今後の民活にあたっては、過去の失敗を繰り返してはならない。
いわゆる中曽根民活が反省すべき点は、「経済対策としての民活」であった点に求められよう。当時は大幅な貿易黒字が続いたため、対外経済摩擦解消のために内需拡大が必要であり、そのために民間資本、資金が社会資本整備のための手段として利用された。
一方、不景気の株高に象徴されたように民間企業も資金にダブつきがあり、新規事業先を模索していた背景があった。そこで両者の利害が一致し、経済対策を背景として民間活力の利用が推進されたと考えられる。
しかし、そこに新しい社会環境に対応した新規事業分野を開拓するために民間企業を育成しようとする視点はなかったのではないか。新しいパートナーシップの確立のためには、対等な官民関係のあり方に基づいたギブアンドテイクの思想が必要である。
新しい官民の連携動向
最近の官民連携による公共施設整備の成功事例として、平成7年4月に福岡市に完成したアクロス福岡(この名前はアジアのクロスロードに由来している)がある。これは福岡県庁跡地に完成した国際会議場、コンサートホール、商業施設などからなる複合施設である。事業手法としては、県庁跡地にコンペで入選した第一生命及び三井不動産による共同企業体(以下、共同企業体と呼ぶ)が建物を建設し、その施設のうち、公共スペース分を福岡県が買い取るという手法によって実現している。
建設費は約 550億円で、このうち県は共同企業体に対して、国際会議場等の公共スペース分として約4割相当分を支払うと共に、年間約7500万円の地代を得ている。一方、共同企業体は県に地代を支払うと共に、入居テナントからの賃料収入を得ている。すなわち、建物持ち分に応じた資産価値とテナントからの賃料収入を確保することができる。
このような手法は成功すれば、官民双方が利益を得る。民間(共同企業体)は容易にまとまった土地の利用権と建設費に見合う建物を得ることができ、官は土地の提供の見返りに地代収入と都市再開発という社会的開発効果及び固定資産税、事業税等を得ることができる。また、本事例では、一部の建物の買い取りにより、本来独自に建設した場合には必要となったであろう人件費、諸費用、手続き等の節約が実現している。
このような事業受託方式の先例は大宮市のソニックシティ(産業文化センター)にみられる。ソニックシティは平成2年に建設されたが、その際に埼玉県では企業団の結成を呼びかけ、応募した企業の中からコンペで入選した日本生命及び三井不動産からなる共同企業体に建物を建設させて、大宮駅前の都市づくりに成功している。ソニックシティの場合には、埼玉県は借地権との引換に建物を所有するという等価交換方式を採用している。
対等なパートナーシップの必要性
このような新しい試みは評価に値するが、およそ事業の発想はバブル期と対応しており、しかもその成功は希有な例と考えられる。
その後、大きく社会経済環境が変化し、長期にわたる不動産不況下にある今日においては、これらの手法が普及するとは思われない。それは、官民の両者を比較すれば、民間企業にとって条件がはるかに不利であることが容易にわかるからである。官側はほとんどリスクを負わずに都市再開発及び土地の有効活用等が実現できているのに対し、民間にとっては変動する賃料収入および資産価値というハイリスクが伴う。右肩上がり経済下ならばともかく、これからの時代に、民間企業がこのような手法に対して積極的に手を挙げるとは考えられない。実際、某大手生命保険会社の担当者からは、このような開発手法には当面参加する意志はないとの発言を聞いた。
少なくとも、今後とも民間企業に魅力ある手法となるためには、例えば民間側が受けるリスクをシェアする視点が必要であり、その一例として、シドニーのダーリングハーバー・オーソリティ方式があげられる。
リスクの共有と社会開発効果の評価
この事例でも国と民間企業との間で、ほぼ上記した手法と同じ事業受託方式が採用されているが、大きな違いは官側もリスクの一部を負っている点である。それは、公的機関が持つ土地を民間企業にリースしているが、土地のリース料は民間企業の業績ベースに応じた歩合制となっている。何らかの要因で民間の収益が低下すれば、官側が得る土地のリース料も低下する。しかも、オーストラリア政府は観光地であるダーリングハーバーの再開発効果(観光収入)や雇用効果の総体を勘案して、開発効果として評価している。そして、その開発効果に見合う基盤整備費等を政府資金で負担している。
不動産価格がその時々の需給によって変動する生きものである以上、官側がノーリスクであるのはおかしいと考えるべきである。上記したわが国の事例の場合、当該事業が官民間において開発利益を分け合うゼロサムゲームであると考えならば、とても民間企業が賛同できる手法ではない。暗黙の前提として資産価値の拡大という右肩上がり経済が想定されていたからこそ、民間の参加が実現したとも考えられる。今日の民間企業の立場からすれば、「官活」の視点をすら問いたいところであろう。
もし、あくまでも官側がリスク負担を回避したいのならば、少なくともそのメリットに見合う優遇措置(例えば新たに発生する都市開発効果等の社会的便益に見合う基盤整備費の負担等)を実施すべきである。そのためには、社会的な費用便益分析の視点が必要となろう。
新しい哲学の必要性
わが国とシドニーの例との基本的な違いは、官が民間企業を対等なパートナーとして位置づけているかどうかではないだろうか。
このように考えてみると、冒頭に述べたような「財政ひっ迫に対処するための民活」という発想も、実は危険である。すなわち「経済対策のための民活」と同様な帰結をまねきかねない。
そこで、規制緩和をエサに民間資金、資本を導入しようとする発想は捨てて、成熟社会におけるお互いの長所を生かした対等なパートナー関係を反映した新しい思想が必要である。今日の低成長経済下においては、お互いの立場と役割分担を尊重し、その哲学に基づいた様々なギブアンドテイクが実現する手法を志向する必要がある。
その1つのヒントは、わが国の公=官、私=民という発想の打破にあると思われる。実は公共機能は官だけの領域ではなく、民間施設等も充分にその機狽ハたしているケースは多い。
現在、わが国が問われているのは、高齢化社会等に対応するための社会資本すなわち公共機能の整備・充実である。したがって、そのために官・民がそれぞれの立場から、資金、知恵、労働力等 を出し合う視点こそが必要である。今こそ、官・民の区分にこだわらずに社会資本の整備・充実を 進めるための新しい事業主体や推進組織、推進方法のあり方を考えるチャンスといえよう。