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Business & Economic Review 1996年03月号

【MANAGEMENT REVIEW】
個人IQ<組織IQの実現(学習する組織の構築)

1996年02月25日 事業戦略研究部 松尾明


1.「弱い組織」は何故「弱い」

個人IQ>組織IQ

「ある組織と別な組織の、唯一かつ本当の違いは、その組織を構成する人(能力)だけである」ピーター・ドラッカー

同じ業種、同じ経営環境下にあっても、企業間のパフォーマンス(業績)が異なるのは何故か?明らかに強い組織と弱い組織が存在する。

組織であるからには、個人の能力もさることながら、その総和としての組織能力が組織パフォーマンスを決定づける。そして、この組織能力が個人能力を上回ることを前提に企業(非営利組織も同じ)が形成される。さもなければ、個人事業として、たった一人で事業を行うべきである。

この組織パフォーマンスを高めるために、「優秀な人材」を集めることからスタートするが、必ずしも「優秀な人材」の集まりが強い組織になるとは限らない。逆に「優秀な人材」を集めれば集めるほど、組織パフォーマンスが低下する例がよくみられる。個人のIQを越える「組織IQ」を形成できない状態である。

1+1=2ではなく、1+1=1あるいはマイナスへとその価値を減少させている。この傾向は個人のIQが高いほど顕著であり、残念ながら、「優秀な人材」の採用が弱い組織を作り出しているともいえる。

何故か?

(1)競争による障害

組織内で繰り広げられる競争は、お互いを「同僚」ではなく「敵」であると見なす(本当の敵がなんであるかを理解せず)風土を作り出す。その結果、

(1)個人業績を第一に考え、獲得した情報等の資源を、他者と共有しようとしない。

(2)会議等の場において「知らない」、「理解できない」ことは恥じとされ、そのため、真の意味での相互理解が進まない。

等の現象を生む。こうした組織は、ますます多くの「能力をもった無能力者」を作り出す結果となる。

(2)常に問題を「外」に求める

自分達は悪くない、悪いのは「やつら」である。

売上の低迷に対して、営業部は自社開発部の製品開発能力を問題にし、開発部は営業部の販売能力のなさを問題にする。そしてお互いに、自分達にとっての真の問題は何であるのかを解明しようとはしない。部内にておいては、上司は部下を、部下は上司の能力のなさを問題にし、悪いのは常に相手であるとする。

こうした、問題を「外」に求める組織では永久に問題は解決されない。三遊間を抜けたゴロをめぐり、サードはショートの、ショートはサードのミスであると言い合っている野球チームのようである。相手にヒットを打たれ、チームがピンチに陥っているというまぎれもない事実の中、残ったのはチームの不和だけである。こうしたチームが果たして競争に勝ち残っていけるのであろうか?

(3)共有されないビジョン

先の(1)、(2)を産み出した真の原因は、組織としての将来に向けての目標・方向性が共有(ビジョン共有)されていないことにある。

組織として目標を共有した集団は、お互いを個人として尊重し合い、能力を出し合い、組織力を最高度に高めようとする。発生する問題は、組織の問題であり、組織として解決策を摸索する。なぜならば、彼らには達成すべき「ビジョン」があるからである。

人類が月に到達できたのも、レイクプラシッド五輪で、無敵のソ連アイスホッケーチームを素人集団のアメリカチームが破ったのも、ビジョンの共有とチームワークの成果であったことは良く知られている。

一時期「21世紀に向けてのビジョン」の作成がはやったことがある。この種のビジョンの多くは、成果を上げることなく、うやむやにされてきた。なぜならば、この種の「ビジョン」の大半は、上から押し付けられたものであり、決して組織構成員の間で共有されることがなかったからである。押し付けられた「ビジョン」は、組織パフォーマンスを低下さえさせる。人は、押し付けられれば押し付けられるほど「反発」する事実を理解しなければならない。

2.戦略計画、リエンジニアリングの限界

「もし組織内部の変革の度合いが、組織外部の変革の度合いより少ないとしたら、その結果はあきらかであろう」ゼネラル・エレクトリック社 CEO ジャック・ウエルチ

組織は、激動する外部環境変化に対応し、顧客の支持を獲得し、競合企業に対する優位性を維持しなければならない。現環境下では、現状に留まることは後退を意味する。

そのため、自らを変革するために「戦略」を立案し、環境変化に組織を対応させようとする。最近では、業務プロセスの抜本的見直しを主眼とした、リエンジニアリンによる組織変革を採用する企業も多い。

しかしながら、これら変革プロジェクトを成功させている企業は多くはない。何故だろうか?

多大な成果を期待される変革プロジェクトであればあるほど(変革のレベルが広範かつ深いものほど)、既存の組織及びその構成員の変革への抵抗が、大きくなることに留意しなければならない。このことを想定せず、その対策を立てない変革プランは、導入が極めて困難であり、仮に導入しできたとしても、いつのまにか元の状態に戻ったりする。

書き上げられた戦略プラン=「紙」の厚さでは決して組織は変革しないし、人も動かない。せいぜい、当面の問題を先送りする、対処療法の実現ができるだけであろう。

昨今話題になったリエンジニアリングは、業務プロセスの抜本的見直しにより、組織構造を変えてしまおうとするものである。この点においては、従来の、業界分析と自社の一面的な資源分析を中心とした「戦略プラン」よりは実効性の高いものとして評価されている。しかしながらこのリエンジニアリングも、現在の環境を前提にした改善プランでありかつ、組織を構成する「ひと」の変革までを可能とするものではない。

いかに業務プロセスをリエンジニアリングしようとも、実際にその成果を実現する「ひと」の意識、行動パターンが従来のままであれば、その効果は限定的なものにならざるをえない。業務プロセスを再編し、顧客志向を声高々に叫ぼうとも、上より与えられた受動的なプロジェクトは成功しない。

組織構成員自らが変革の必要性を自覚し、自分達が望むべき未来像を、自身の手でで明らかにしたとき、初めて変革のパワーが生まれる。この過程を経ずして進められる変革プロジェクトは、構成員のモラールを低下させるだけである。

リストラ、リエンジニアリングによりスリムになったかに見える企業も、実際は拒食症に陥り、次の飛躍の体力さえも残っていないこともある。何のための、体質転換であったのだろうか?

3.学習する組織の構築

「個人と組織の学習レベルが、競争優位を維持する唯一の源泉となるであろう」アナログデバイス社 会長兼社長 レイ・ステイタ

「学習する組織とは、未来を創造する能力を絶えず高めようとしていく集団である。彼らは、自分達が本当に望む成果をいかに産み出すかを、常に摸索している」

「学習とは、情報を集めることではない。学習とは、行動を起こす能力を高めること、そして、確固とした業績の改善を獲得させることを意味する」マサチューセッツ工科大 ピーター・センゲ

組織変革を実現させ、そのパフォーマンスの向上を継続的に獲得する中心的機能が「学習する組織」である。学習する組織とは「個人と組織のビジョンを融合させ、その共有されたビジョンを、組織として達成する能力をもった組織」と言えよう。

以下に、この「学習する組織」の構築要件を検証していく。

(1)ビジョンの共有

これまで多くの企業で実施されてきている変革プランの中には、対処療法的に現状の組織を改善しているにすぎないものも少なくない。

問題を発生させている、本質的な構造を変えることなく、「解決策」と称して、今発生している当面の障害を、別な問題にすり変えているケースも多くみられる。

従来の改革・改善は、キム・ダニエルの言うところの、現状の「出来事」あるいは「パターン」の変更に留まっている。最高度に機能したリエンジニアリングであっても、「現在の組織構造」のレベルまでしか対象とできない。これらは現在の状況を前提に、望ましくないものを除去しようとする「否定」が、変革のエネルギーになっている。よってこれに対する反応が、「変革の抵抗」となって組織構成員より現れる。誰しも、進んで既得権を放棄しようとはしない。

こうした抵抗をプラスに変換するには、変革のエネルギーを能動的なものへと転換しなければならない。この転換を可能とする「創造的」なエネルギーの源泉が「ビジョン」である。

創造的ビジョンを組織構成員が共有することによって初めて、彼らの意識(メンタルモデル)が変化を起こし、変革を能動的なものとしてとらえることが出来る。

ここでのポイントは、いかにして「ビジョンの輪=ビジョン共有」を全社的に進めるかである(先にも触れたとおり、上からの押し付けのビジョンは反発を招くだけである)。現在このための技術は確立されたものとして、多くの成功例をみている(弊社においても「ビジョン共有セッション」としてその技術を確立し、提供している)。

こうしてビジョンが共有された組織は、自らが望むビジョンを達成するために、変革へと動きだす。

「ビジョンにより、リーダーは、現在の組織から将来の組織への橋を渡すことができる」 ワレン・ベニス

(2)個人の能力開発と組織ビジョン

組織構成員を、自己研鑚の観点からタイプ分けすると、次の3つのタイプになる。

1. 気の進まない仕事を時間通りに終え、残りの時間を趣味、家庭に費やす。

2. 自分のキャリアを高めようと自己努力を行うものの、それは必ずしも組織のため、あるいは組織の目標とは一致していない。また組織も、彼の自己研鑚を評価しているわけではない。例えば資格取得の勉強をし、転職を考えているタイプ。

3. 自分のキャリア向上のための自己努力と、組織が求める能力が一致しており、組織にて自己実現を図る。互いが必要な存在として機能している(但し、何もかも組織のためではない。「すべてが組織のため」はかえって危険な状態であるのは、オウム真理教の例からもわかる通り)。
どの人材が、組織パフォーマンスの向上にとって望ましいかは明らかであろう。

重要なのは、個人のビジョンと組織のビジョンが融合していること(一致でなない)である。また、自己を向上し続ける人材のために、その環境を与え、彼を正しく評価する組織風土を形成しなければならない。

(3)チーム学習能力

(1)、(2)の確立を前提に(ここまで出来ていればこの「チーム学習」の確立は容易)、組織IQを高める仕組みをビルト・インさせる必要がある。

チーム学習とは、組織のメンバーが本当に望んでいる結果を産み出す能力を整理し、開発するプロセスである。

これを実現するために、以下の4つの要請事項を自組織のものとしなければならない。

1)複雑な問題を、ともに洞察力をもって考える。

まさしく「三人よれば文殊の知恵」の実践である。そのためには、相手の意見・アイディア等を聞く耳をもたなければならない。しかしながら、多くの人は、相手が話している時に自分の話すことを頭の中でまとめており、決して相手の話を聞いていない。たとえ以前の理論が間違っていたとしても、それをベースにさらなる洞察を加えることにより、科学的な理論の発展が実現されてきたと言われている。

2)自己防御をしない。

人はどうしても自分の考えや意見に固執し、それを他人の攻撃から守ろうとする。また、冒頭に触れたとおり、自分が正しいとして、非を相手に求める。こうした状態では、チームとして、組織として何も生まれない。互いを信頼しあい、オープンにならなければチーム学習は実現しない。

3)革新的に、そしてコーディネイトされた行動(例えばジャズのアンサンブル)。

ジャズのアンサンブルでは、プレーヤーは互いの「呼吸」のもと、各自が自分のパートを担当する。ある時はトランペッターがリードをとり、またあるときはドラマーがリードする。状況に合わせて各メンバーが自分の役割を柔軟に演じている。これと対照的なのがオーケストラである。各プレーヤーは、事前に決められた自分のパートを、忠実に演奏する。役割(コーディネイト)は、固定的かつ事前に決まっている。チーム学習には、前者のジャズ型の組織が要請されている。

4)他の学習チームを継続的に支援する

特定のチームが突出しているだけでは、組織パフォーマンスは高まらない。各チームは、一つ一つがボートの漕ぎ手である。突出した漕ぎ手の、バランスを無視した行動があっては、決してボートはまっすぐに進まない。

以上4つの要請事項の実現により、個人IQを上回る組織IQの基礎が出来上がる。

(4)システム思考

「今のウチの組織の問題は、多くの要素が複雑に絡み合っているから、簡単には解決つかない」、よく聞かれる言葉である。確かに真実であろう。こうした状況を前にしながら、決してその問題の構造を明らかにしようとはしない。あるいは、これらの問題を、単純な因果関係として理解してしまっている企業も多い。これでは、永久に問題の本質は見えてこない。

その結果、発生している問題を、ある組織から別な組織に移しかえるだけのような、表面的な解決策がよくとられる。しばしば、この「解決策」が、新たな別の問題を引き起こす結果となる(現在発生している問題は、過去の「解決策」をその原因としている)。こうした、本質(構造)を見極めない安易な対処療法は、かえって問題をこじらせてしまう結果になる。

必要なのは、個々の問題の背後にあり、その問題を発生させているより深い構造を見つけだし、その構造を変える「てこ」を発見する能力(システム思考)である。

現在こうした構造を解明する手法として、幾つかのツールが開発され、実際に導入されている。

ビジョンが共有され、チーム学習能力が備わった組織が、システム思考を始めるとき、「学習する組織」が誕生する。

おわりに これまでの論点の整理のために、また「学習する組織」を構築しようとする組織のために、以下のような問いを用意した。

1. 生涯的な学習が奨励され、能力の向上に対して報酬を受けているか?

2. 予期せぬ出来事は、失敗の結果としてではなく、学習の機会としてとらえれ、実地経験が奨励されているか?

3. 信頼(Trust)、心を開く(Openness)、真実を語り合う(Truth-Telling)風土があるか?

4. それぞれのもつ仮説を尊重するチームワークを形成し、ダイアログ(話し合い)を通して学習し、新しいメンタ
ルモデルを共有し、他の人の学習を積極的に支援しているか?

5. 焦点を人、業務プロセス、製品、サービスの継続的な改善に当て、いかなる時でも、すべての人が、あらゆるものを改善するよう奨励されているか?

6. 常に将来像を描き、未来を創造する能力を構築しているか?
以上、すべてがYESならば、完璧な「学習する組織」と言えよう。

一つでもNOであれば、個人IQ>組織IQの可能性がなきにしもあらず。早急にチェックしてみて頂きたい。
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