Business & Economic Review 1999年03月号
【OPINION】
市場重視型の経済政策運営を
1999年02月25日 相馬宏充
昨年末、長期国債(指標銘柄)の流通利回りが0.7~0.8%の水準から2%水準へ大幅に上昇した。本年に入ると、急激な上昇には歯止めが掛かったものの、2%前後の水準で高止まり傾向が続いている。こうした長期金利の上昇は、過度の金利低下期待の剥落によって異常な低金利が水準訂正されたという側面もあるが、わが国経済が深刻なデフレ・スパイラルの危機に直面するなか、次のようなルートを通じて景気底割れのトリガーとなる懸念が大きい。
第1は、資金調達コストの上昇が、設備投資や住宅投資に対してさらなる下押し圧力として作用することである。もっとも、住宅金融公庫の個人向け貸出金利が当面据え置かれるなか、このところ、戸建て住宅をはじめとして住宅需要に動意がみられるものの、駆け込み需要による盛り上がりという側面は否定できず、やや長い目でみれば、反動による需要減少は不可避であろう。
第2は、長期金利上昇による株価下落や円高進行が、さらなる最終需要の減退に作用するとみられることである。ちなみに、マクロモデルによって試算すると、(1)1.0%ポイントの長期金利上昇、(2)1万5千円から1万4千円への株価下落、(3)1ドル125円から110円へ15円の円高進行、という経済環境が定着した場合、実質経済成長率は0.8%ポイント押し下げられるとの結果が得られる。
第3は、企業間信用の収縮や金融セクターの信用仲介機能低下等、戦後初めてわが国経済が直面する金融問題が、長期金利の上昇によって深刻化する懸念が大きいことである。まず企業サイドでは、金利負担が増大し収益体力の悪化が進行するなか、支払サイトの短縮や企業選別等、連鎖倒産回避に向けた信用収縮の動きが一段と加速する一方、金融セクターでは、保有国債の評価益減少・評価損発生によって貸出余力の減退を余儀なくされよう。
さらに、今後を展望してみても、今回の金利上昇が一過性のものにとどまり、再び昨年後半のような低金利に戻るという展開は見込みにくい。それどころか、逆に、長期的には趨勢的な上昇傾向をたどり、物価変動率を勘案した実質金利ベースでは、最終的に欧米先進各国並みの水準まで上昇する公算が大きい。これは、従来、大量の国債消化を通じて実勢比低めの金利水準の維持に寄与してきた資金運用部や日本銀行といった公的セクターのプレゼンスの後退が不可避となってきたためである。そうした情勢下では、少なくとも、わが国の財政状況や経済情勢、さらに日本国債の格付け等に応じたリスク・プレミアムが上乗せさせる分、これまでに比べて長期金利の水準は高くならざるを得ず、加えて、海外金利との裁定圧力にも晒されることになる。
市場経済原理の確立は、単に長期債市場にとどまらない。情報化の急速な進展を起動力に、国境を越えたグローバル・コンペティションが激化する一方、所得・法人税率引き下げ、規制緩和等、経済空洞化回避のための魅力的な国内市場創出に向けた、国際的な「小さな政府」実現競争が本格化するなか、わが国でも公的セクターのプレゼンス後退が選択の余地の無き道となっているためである。
しかし、この地殻変動は、むしろ肯定的にとらえられるべきであろう。すなわち、これを奇貨として、先送りされてきた構造改革を強力に断行し、21世紀に向けたわが国経済の展望を拓いていくべきである。
こうした情勢変化を踏まえてみると、政策当局サイドには、従来路線から訣別し、市場重視型の政策運営スタイルへ転換することが要請される。仮に、人為的低金利政策や株価維持政策等、ファンダメンタルズから乖離した政策が選択されても、その目的を達成することは困難を極めよう。透明性を高め、市場の信認を勝ち取ることが、政策運営を最大限実効あるものとする最良の方策である。市場の信認を獲得して初めて、アメリカにみられるような、市場の自律調整機能を活用した誘導的・漸進的政策遂行という成熟したスタイルがわが国でも展望することが可能になる。
もっとも、市場は、常にファンダメンタルズを正確に反映して動くとは限らず、一時的にせよ、ファンダメンタルズから乖離し、実体経済に不測の悪影響を及ぼすことがある。とりわけ、最近は、エマージング・マーケットの動揺を契機に、内外市場のボラティリティー(変動の大きさ)が高まり、オーバーシュートするリスクが強まっている。こうした点を踏まえてみれば、市場重視という観点からは、単に市場追認あるいは放任型政策運営に終始するだけでは、不十分であろう。求められるのは、無用の市場の混乱を極力回避する強力なシステムの構築と、その着実な遂行である。具体的には、(1)強固な国際協調体制および宮沢構想を踏まえた新たな国際金融秩序の形成を図る、(2)一年物TB発行等による一段の国内市場整備を通じて、ドル、ユーロに次ぐ第三極の国際通貨として円の国際的地位を引上げていく、ことである。

