Business & Economic Review 2001年05月号
【OPINION】
活力ある株式市場の構築に向けてなすべきこと
2001年04月25日 調査部 金融・財政研究センター 翁百合
株価の低迷が続いている。現在の株式市場の状況を打開し、活性化していくためには、経済の構造改革と同時に、中長期的なわが国金融システムを見据えた金融市場改革が必要である。その処方箋を考えてみたい。
まず、株価低迷の最大の原因は、わが国の不動産、建設、流通といった非製造業の低生産性が解消されず、こうした業種向けの不良債権の処理がいつまでも進まないことが背景である。こうした低生産性業種の不良債権や株価の低下が、金融機関のバランスシートを蝕むという状況となっている。すなわち、日本経済の構造問題が解決しない限り、金融機関の不良債権問題も解決せず、株価の低迷も続く。したがって、この株価の低迷を脱却するために、第一に必要なのは、日本経済の構造改革に向けて踏み出すことである。そのためには、いわゆる負け組企業を速やかに市場から退出させる方向の施策に転換することが必要である。このような構造改革によって生き残り、再建された企業の収益性の回復に投資家が確信を持てば、株価は長期的に上昇していくこととなろう。
第二に、海外投資家の間に、わが国の将来は、国債発行の増加に伴う負担に耐えられないとの見方が広がっている。そうした懸念を打ち消すためにも、財政支出の在り方を抜本的に見直し、財政健全化に向けた方向を打ち出すことが必要である。
勿論、上記の二つの施策は、短期的にデフレ的な影響を持つことは否めない。このため、(1)雇用面でのセーフティネットを万全に整え、家計の不安を緩和する、(2)金融政策面からも、3月19日の決定会合で実施された金融緩和措置を続行し、当面最大限、構造改革への動きをサポートし、そのデフレ的影響を緩和することが必要である。
こうした構造改革を進めたうえで、様々な金融市場活性化策を総合的に実施していく必要がある。
日本版ビッグバンの実施に伴い金融制度面での規制緩和は、ある程度進んできたとみることは可能である。しかしながら、残された大きな課題として、公的金融の問題が存在している。郵便貯金で吸い上げている家計の貯金は、家計の金融資産の2割にものぼる。今後自主運用される予定であるが、官営である限り、これらの巨額の資金をリスクマネーとして新規産業に投資したり、企業に貸出することにより経済活性化に使うことはできず、問題が大きい。また、出口の政府系金融機関による融資も、資源配分の効率性に影響を与えており、大きな問題である。こうしたわが国の巨大な公的金融の縮小の方向づけをすることが、金融市場活性化のために必要である。
また、制度や規制面の対応として重要な制度整備は、金融税制の整備や金融の機能面に着目した様々な見直し(証券・保険、銀行といった業態別規制の在り方の見直し、新規ビジネスに対するノーアクションレター制度の活用の拡大等)である。金融の機能重視の規制再構築によって、金融機関によるイノベーション、新商品開発が積極的に起こり、競争が促されるような環境を作り上げることが重要である。
次に、市場のインフラ面の整備として、預金貸出以外の資金仲介ルートを太くし、株式市場への参加者を増やすという観点で必要なのは、確定拠出型年金の早期導入と投資信託の拡充である。アメリカでも、確定拠出型年金の導入によって、長期株式保有比率が上昇している。今後の雇用の流動化に対応するためにも、また、公的年金に対する国民の不安(ひいては消費の低迷)を解消するひとつの手段としても、早期導入は極めて重要と考えられる。また、拠出額の引き上げや対象者層の拡大も課題である。さらに、投資信託の普及についても、商品性の改善や格付けの浸透などの積極的な対応を促すことが必要となろう。
株式市場に関しては、市場参加者の行動様式の抜本的見直しも欠かせない。本来適切にリスクをテイクしてリターンを得ることを目的とする、年金や機関投資家などの投資家の、受託者責任を法律によって明確にし、運用上も企業のコーポレートガバナンスに対する明確な意識改革を図っていくことが必要である。
なお、個人投資家の育成を図るために政府ができることは、公正な取引が行われ、業者による情報開示が適切に行われるようルールを整備すると同時に、預金全額保護といった特例期間を予定どおり終了させ、個人がリスクとリターンの関係を考慮して行動をとれるような環境を早くつくりあげていくことである。
構造改革、金融市場改革にあたって留意すべきことは、資金仲介機能を株価との連動から断ち切るためにも、株式の持ち合い解消を進めていく方向を展望することである。それは中・長期的には、間接金融の資金仲介ルート偏重を脱却し、直接金融の資金仲介ルートとの併存によって、経済に対するショックをどちらかのルートが吸収できるような柔軟な金融システムを展望していくことが望ましいからである。すなわち、経済に対する軽い外的ショックであれば間接金融のルートが自己資本でショックを吸収するが、自己資本が大きく毀損されてしまうような大きなショックのときは、直接金融のルートが壊れずに資金仲介を果たすといった、相互に資金仲介ルートがバッファーとして機能するような複線的な金融システムが必要である。 以上のような総合的な構造改革や施策が実施されてはじめて、株式市場は活性化するのであり、株価を短期的に引き上げるための安易な対応をとるべきではない。