Business & Economic Review 2001年04月号
【STUDIES】
不確実性とディスインフレ下の家計の金融資産選択行動-家計行動へのマイクロ・アプローチ
2001年03月25日 飛田英子
要約
所得が伸び悩むなか、家計の貯蓄残高は増加を続けている。この要因としてしばしば将来不安の増大が挙げられるが、これらの指摘は定性的なものにとどまっており、家計が金融資産を積み増している現状を説明するには至っていない。そこで本稿では、日本経済新聞社「金融行動調査」のマイクロ・データを使って、家計の金融行動選択に関する定量的な分析を試みる。
本稿における分析の特徴は、以下の3点である。
第1に、金融資産を(1)通貨性預貯金、(2)定期性預貯金、(3)生命保険等、(4)有価証券等、の4つに分類することにより、各資産に対する選択行動の違いを確認している。また、1997年と91年を比較することにより、バブル崩壊を挟んで家計行動がどのように変化したかについても検討を行っている。
第2に、生涯の労働所得である人的資本を説明変数として使用することにより、各資産の貯蓄目的(ライフ・サイクル目的に基づく貯蓄か、遺産動機に基づく貯蓄か)を明らかにしている。
第3に、将来不安が悪化した場合の影響についても検討を加えている。 なお、使用するモデルはタイプIIのトービット・モデルであり、推計方法としてはヘックマンの2段階推定法を採用している。
分析結果と、そこから導かれるインプリケーションをまとめると、以下の通りである。
第1に、将来不安の増大が家計の貯蓄志向を強めていることが実証された。このことは、現在消費マインドを脅かしている諸要因が改善されない場合には、今後も引き続き貯蓄意欲が強まることを意味している。したがって、個人消費振興のためには、社会保障制度の抜本改革や失業・雇用対策の見直し等を通じて、家計の将来不安を解消することが不可欠である。
第2に、老後の所得保障の手段として、通貨性預貯金の重要性が高まっている。通貨性預貯金の期待収益率は他の資産に比べて低いことを考えると、この傾向は現在の所得からより大きな部分を貯蓄に回す必要性を示しており、将来不安の増大に加えて家計の貯蓄志向の強まりを説明するものといえる。
第3に、生命保険が強制的な貯蓄と化している。仮に今後も所得の伸び悩みが続く場合には、生命保険への保険料負担は住宅ローン負担と相俟って家計を圧迫することが見込まれ、「生計の逼迫→生命保険の解約→保有資産額の減少→生計の逼迫」という悪循環が生じる懸念が大きい。
さらに、定期性預貯金から、生命保険や住宅ローン返済等の強制的な貯蓄へとシフトが生じている。このため、不動産市況の下落や保険内容の変更等によって不動産や生命保険の資産価値が減少する場合には、家計はさらに貯蓄を増やすことによってこれらの減少分を穴埋めしようとすることが見込まれるため、貯蓄志向の強まりに拍車がかかる公算が大きい。

