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【論文】
政府系金融機関に求められる新たな役割

2000年12月25日 調査部 河村小百合


要約

わが国経済が今後安定的な成長軌道を確保するためには、時代環境にそぐわなくなった経済システムやインフラについて、過去に形成された既得権益等にとらわれることなく、改革を進める必要がある。財政システムや金融システムはその代表例であるが、本稿においては、この2つのシステム双方に密接な関連を有する政府系金融機関に関して、なかでもとりわけ住宅金融、中小企業金融、国内開発金融を担う機関に焦点を絞りつつ、経済・金融環境の変化に即して今後求められる新たな役割の検討を試みる。

公的な機関が金融仲介活動に関与することが今日認められるとすれば、それはあくまで、市場メカニズムが良好に機能したとしても残され得る問題点である「市場の失敗」を補完するため、という目的の下に限られる。ただし、高度成長期を経て、経済が成熟段階に入って久しいわが国の場合、なぜ市場を補完することが必要なのかという具体的な目的をもう1歩掘り下げて考えれば、かつてのような、社会的なセーフティ・ネットの整備や社会資本整備の必要性がもはや妥当するとは考えにくく、今日においては、「民間部門による自立的な経済発展を促すためのインフラ整備」という考え方に重心を移すべきであろう。

わが国の政府系金融機関としては、2銀行6公庫のほか、1事業団1金庫が存在する。これらは商工組合中央金庫を除きいずれも、その全額が政府の出資によるほか、資金調達面でもおおむね9割以上を政府に依存している。その業務は、中小企業総合事業団信用保険部門を除き、いずれも直接融資が中心である。住宅金融の分野においては、住宅金融公庫の個人向け住宅ローン残高に占めるシェアは37.1%と大きなプレゼンスを占めている。中小企業金融の分野では、中小企業金融公庫、国民生活金融公庫、商工組合中央金庫の3機関が中小企業向け貸付残高中に占めるシェアは9.5%であるが、近年ではこれにさらに日本政策投資銀行も加わる形となっているなど、複数機関間での業務の重複・競合がみられるのが実情である。また、各機関の財務状況をみると、日本政策投資銀行、商工組合中央金庫、中小企業総合事業団を除き、その位置する制度および業務の性格上、それらの収益は基本的に赤字であり、一般会計からの補給金等によりかろうじて毎年の損益を均衡させている。こうした財政負担は、政府系金融機関全体で、1980年代の約5兆8,000億円から90年代以降は7兆5,000億円と大きく増加している。ちなみに最近5年間における、各機関ごとの一般会計・特別会計からの拠出額の年平均は、住宅金融公庫が約5,190億円、中小企業金融公庫が約452億円、国民生活金融公庫が約631億円、日本政策投資銀行が約61億円となっている。

主要国の公的金融システムの概要をみると、アメリカにおいては、連邦政府が直接的に金融仲介活動を行う連邦信用計画(Federal Credit Program)と、連邦法により設立されたものであるが完全な民間所有の企業である政府支援企業(Government-Sponsored Enterprises)によるものとがある。前者は連邦予算の中に組み込まれたものであるが、後者は自らの債券発行により所要資金をすべて調達している。それらの対象分野としては住宅が大きなシェアを占め、それに教育、農業等の分野が続いている。金融仲介の手法としては、連邦信用計画においては保証が8割方を占め、残る約2割が直接融資、他方、政府支援企業の場合は、民間金融機関の貸出債権の買い取りおよび証券化によるものが大半である。また、ドイツの公的金融システムとしては、特殊課題銀行の活動がこれに該当する。その中で最大の規模を有するのが復興金融公庫(Kreditanstalt fur Wiederaufbau)であり、その主たる手法は直接融資であるが、住宅、中小企業対策、貿易金融、海外開発金融等にわたる幅広い分野をその対象としている。ちなみにその資金源としては、近年債券発行によるシェアが上昇しており、99年には直接融資全体の9割超を自らの債券発行により調達している。なお、各国のこれらの公的金融システムが金融・資本市場全体において占めるシェアをみると、アメリカについては、連邦信用計画が10.5%、政府支援企業が12.4%で、この両者を合わせると22.8%となる。他方ドイツは、特殊課題銀行全体で8.7%、復興金融公庫に限れば3.4%である。わが国は、公的金融機関全体(政府系金融機関以外の特殊法人等も含む広義ベース)でみると21.0%となっている。

金融・経済環境の変化のもとで、わが国の政府系金融機関は今後、次のような役割を果たすべく、大きな転換を図ることが望まれる。すなわち、まず、住宅金融の分野においては、政府支援企業が民間債権の買い取りや証券化により住宅モーゲージ担保債券市場を大きく成長させることに成功したアメリカの例にならい、わが国としても、政府系金融機関は、地域に密着した民間金融機関がよりリスクをとりやすくするための基盤の整備に徹するべきであると考えられる。具体的には、リスクの分解および投資家への転嫁が容易になる住宅ローン担保債券市場の育成を図るために、民間機関による融資債権の買い取り・証券化に、必要に応じ信用補完を合わせて実施することが望まれる。中小企業金融の場合は、アメリカの現実に照らしても、そのローン債権の質が多様である等の事情から、住宅金融に比較すると証券化はやや難しいという事情が存在するが、政府系金融機関が今後果たすべき役割の方向性としてはやはり、証券化市場の育成により、民間金融機関がリスクをとりやすくするための環境整備であろう。民間債権の買い取りや証券化に保証の付与を組み合わせて行うことが望まれる。国内開発金融の分野に関しては、日本政策投資銀行の最近の業務内容からは、長期開発金融専門機関としての独自性はかなり薄れつつあるように見受けられる。金融技術・規制の両面で金融環境が大きく変化した今日において、国内開発金融専門の金融機関を政府系の機関として財政システムの中に組み込んだままにしなければならない理由はもはや乏しく、もともと財政面での政府からの自立度の高い同行の場合は、まず財投機関債による資金調達のシェアを徐々に引き上げ、最終的には民営化を目指すことが望ましいと考えられる。なお、政府系金融機関の活動手法が以上のように大きく転換できれば、民間金融機関による金融仲介活動の一段の活性化が期待できるのみならず、これらの機関を維持するための財政コストも大幅に節約することが可能となろう。

折しも、特殊法人の抜本的な改革を目指す動きが本格化している。(1)財投改革の実効性を高め、ひいてはわが国の財政構造改革につなげるためにも、(2)わが国の金融システム・市場において、民間金融機関の行う金融仲介活動の一層の活性化を図り、日本版ビッグバンの総仕上げとして、リスクの負担、分配が最も効率的に行われる金融システムを完成させるためにも、政府系金融機関の果たす機能そのものを、このように大幅に見直すことが求められよう。
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