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【OPINION】
外貨準備政策運営の見直しを

2003年11月25日 調査部 経済・社会政策研究センター  河村小百合


  1. はじめに(問題意識)

    年初来の円高圧力の高まりを背景に、わが国の通貨当局は外国為替市場における大規模な円売り市場介入を実施している。その金額は本年入り後9月まででは13 兆円強、4月以降の本年度分に限ってもすでに11兆円超に達していることが公表されており、対応する期間中のわが国の経常収支黒字分を上回る大規模なものとなっていることがみてとれる。その結果、わが国の外貨準備高は2003年9月末現在で約6,049億ドルに達しており、世界最大の外貨準備保有国として、2位以下の国に大きく水を開ける状態が続いている。わが国の場合、円売り市場介入を実施する、すなわち外貨資産(外貨準備)を取得するに際しては、無償資金である租税をその原資に充当するのではなく、短期国債の一種という性格を有する政府短期証券を発行し、主として市場からの借金の形で介入資金を調達する仕組みとなっている。そのため、外貨準備高の増嵩と表裏一体の形で、外国為替資金証券の発行残高も年々膨らんでおり、同じ本年9月末では70兆円強に達し、政府債務全体の1割強に相当しているものと推定される。税収が低迷するなか、他の分野においては、全般的に極めて厳しい財政運営が続けられているのとは対照的に、この外貨準備政策の分野においては、年々国の債務残高を膨張させる方向での政策運営が容認される結果となっており、事実上、「一般的な財政運営の枠外」として扱われているものとみることができよう。
    わが国においては、「円高の際には通貨当局が円売り介入で対処すべき」、「外貨準備高は大きければ大きいほど望ましい」といった論調が、世論全体に依然根強いように見受けられる。そこで本稿においては、わが国のこうした政策運営が、今後の財政運営全体に何らかのリスクを与えることはないのかを検討し、それを踏まえたうえで、今後中長期的には、いかなる政策運営が望まれるのかを考えることとしたい。

  2. わが国の外国為替市場介入実施と外貨準備管理政策運営の仕組みの概要
    最初に、わが国において、外国為替市場介入や外貨準備政策がどのような枠組みで実施されているのかを簡単にみておこう。
    主要国が変動相場制に移行して久しい現在、一国の外貨準備高は、平時においては主として外国為替市場介入によって増減することになる。外貨準備を政府が保有するか、中央銀行が保有するかについては、国によって実際に採用している制度に差があるが、わが国では政府が保有している。外国為替市場介入や外貨準備政策の実施に際しては、その時々の為替相場の影響を受けることになるが、国家予算の柱である一般会計にそうした影響が直接及ぶのを回避するため、一般会計とは別の特別会計の一つとして、外国為替資金特別会計が設置されており、外貨資産の取得(=円売り介入)のための原資を調達するうえでの外国為替資金証券の発行・償還と、外貨資産の運用とを一元的に管理している。同特別会計の運営、すなわち外貨準備政策の運営は、これを所管する財務大臣の責任において実施されているが、市場介入などを含む実際の日々の事務は中央銀行である日銀に委託されている。
    わが国経済が、為替相場のなかで最も大きな影響を受ける円ドル相場の推移を振り返ると、高度成長期以降のわが国の経常収支黒字の累積を映じ、年ごとの振れは伴いつつも、長期的には円高のトレンドをたどってきている。その結果、過去の実際の市場介入をみても、円売り方向での介入が円買い方向での介入を、頻度・金額の両面で圧倒的に上回ってきた。その結果が、6,000億ドルという世界一の外貨準備高と、政府短期証券の形での約70 兆円の債務残高となって現れていることになる。
    なお、外国為替資金特別会計は、特別会計の一つとして、他の特別会計や一般会計と同様、「現金主義」によって経理されている。このため、外貨準備資産に生じている為替差損益については、その各年度末時点における金額が同特別会計の貸借対照表に記載されるのみで、損益計算上は勘案されることがない。実際には、長期的な円高トレンドを映じ、外貨準備にも足許6兆円程度の為替差損が発生しているが、これは同特別会計の貸借対照表上示されるにとどまっているのである。このように、同特別会計の損益は、もっぱら外貨準備の運用益と政府短期証券発行による調達コストの差、すなわち日米金利差によって算出されるという、民間の経済主体の場合にはあり得ない、国という経済主体特有の仕組みとなっている。日米両国の市場金利の過去の推移を比較すると、a.1990年代半ば以降に限れば、米ドル金利が円金利を上回る状態が継続してきたこと、b.それ以前の時期については、円金利が米ドル金利を上回っていた時期もかなり存在するものの、同特別会計の資金調達が、市場を通さず主として日銀に低利で引き受けさせるという特別な方式で実施されていたため、外国為替資金特別会計は、これまでの間、毎年度欠かさず利益を計上してきた。しかもその金額は、同特別会計の資産規模が年々拡大するのに伴い、年々増加しており、98年度以降2001年度までの4年間は、決算ベースで一貫して毎年2兆円超の当年度利益を計上するに至っている。この利益は、外国為替資金特別会計法の規定により、「予算の定めるところにより一般会計の歳入に繰り入れる金額を除く外、これをこの会計の積立金として積み立てる(第13条)」こととされている。実際にも、97年度以降2002年度までの最近6年間では、約1兆5,000億円~2兆円規模の金額が、納付金として毎年一般会計に繰り入れられているが、これは特別会計のなかでも最高の額である。このように外国為替資金特別会計は、為替相場の変動に即し、通貨当局が外国為替市場介入を実施するのと裏腹に、税収の落ち込みが続くなかで、台所事情の極めて厳しい一般会計の歳入を確保するうえでも少なからぬ貢献をしてきたという見方も可能であろう。

  3. わが国の政策運営の特徴と諸外国の動向
    ここで、主要国による外貨準備政策運営の過去の推移をみてみよう。いわゆる「プラザ合意」により大幅な円高が進んだ85年以降についてみると、90年代の初め頃までの期間中は、わが国と主要諸外国との間で、外貨準備高の水準に大きな差は生じておらず、各国とも1,000億ドル未満の範囲内に収まっていた。わが国の外貨準備高が、暦年末ベースで世界最大となったのは、この間88年と89年の2回にとどまっている。しかしながら、93年に第1位となって以降、わが国は今日まで一貫してその座を維持し続けているのである。
    ここで注目すべきは、各国の外貨準備政策運営の結果としての外貨準備高の中・長期的な推移が、明確に二つのグループに区分できる点である。一つ目のグループは外貨準備高が年を追うごとに著しく増嵩している国々で、わが国を筆頭に、中国、台湾、韓国、香港といった東アジアの諸国が該当する。これらのいずれの国についても、経常収支黒字の累積や自国通貨高圧力に抗するための自国通貨売り介入の実施などを背景に、外貨準備高がこのように積み上げられる結果となった。ただし、こうした国々のなかでも、わが国の外貨準備高の増加ペースは他を圧倒しており、その結果が、冒頭に述べたような、直近時点における外貨準備高の水準の大幅な乖離となって表れている。もう一つのグループは、85年から今日までという20年弱の期間にわたり、外貨準備高が、年ごとの振れは伴いつつも、ほぼ一定のレンジ内で推移している国々であり、アメリカ・ドイツ(いずれも800億ドル程度)や、イギリス・フランス(いずれも400億ドル程度)といった、わが国を除く主要先進国がこれに該当する。なお、ドイツ・フランスについては、ユーロ導入を機に設立された欧州中央銀行に、参加国の外貨準備の一定割合を預託する制度が採られたため、各国保有ベースの外貨準備高は99年以降むしろ減少しており、ドイツについては600億ドル程度のレンジに収まっているように見受けられる。これらの国々とわが国の外貨準備高の格差は、今日では実に10倍程度にまで大きく拡大するに至っていることがみてとれよう。ちなみに、これらの国々については、外国為替市場介入を実施する頻度、規模とも極めて限定的である。例えば99年以降というごく最近の動向をみても、わが国の通貨当局が、為替相場動向により、毎年のように大規模な介入を頻繁に繰り返しているのとは対照的に、欧州中央銀行が市場介入を実施したのは、2000 年9月22日にユーロ安を受けて同行の主導で実施した協調介入、およびそれに続く同年11月3、6、9日の単独介入のみであり、99年の同行発足後今日に至るまでの約5年間に近い期間中についてみても、この4回に限られているものとみられる。アメリカについては、上述の2000 年9月22日の協調介入に参加し、15億ユーロ買いの市場介入を実施したのが、99年以降今日に至るまでの約5年間における唯一の介入とみられる。
    このように、これらの2グループの間には、外貨準備政策運営、とりわけ外国為替市場介入政策運営のスタンスに顕著な差があることがみてとれる。もちろん、その背景としては、a.基軸通貨国であるアメリカにとって、外国為替相場の変動の自国経済への影響が限定的である点や、b.EU主要国については、99年以降、単一通貨ユーロの導入により、域内の為替相場変動の問題からほぼ完全に解放されたため、外国為替相場の変動が各国経済動向に影響を及ぼすのはもっぱら対アメリカ、対日本といった域外諸国との取引に限定されるようになった点も、少なからず作用しているものとみられる。しかしながら、こうした政策運営に対してより大きい影響を与えているのは、b.通貨当局による外国為替市場介入の効果は限定的なものにとどまる、という理解が広く共有されている点にあるものと考えられる。すなわち、アメリカやドイツといった主要国では、外国為替市場介入政策運営の実績がかねてから公表され、そのデータを基に、80年代以降国際金融学者の間で、その効果に関する実証研究が盛んに行われてきた。外国為替市場介入の効果に関しては、これをポートフォリオ経路(自国通貨建て資産と外貨建て通貨資産の相対的な供給残高を、当局の介入で変化させることによって、両資産間の相対的な期待収益を変化させるという経路)の効果と、シグナル経路(当局が介入の実施によって、市場参加者が持ち合わせていない将来のファンダメンタルズの情報に関するシグナルを、市場参加者に対して送るという経路)の効果に分けて捉える考え方が一般的であり、80年代から90年代初めにかけては、これらの二つの経路の効果を比較する実証分析が多数実施された。その結果、外国為替市場介入によるポートフォリオ経路による効果は存在しない点については、これを支持する多数の実証分析が存在するため、今日では一般的なコンセンサスが形成されるに至っている(Galati and Melick,“Central bank intervention and market expectations”,BIS Papers No.10,April 2002)。また、シグナル経路の効果については、決定的とまではいえないものの、これを肯定する分析が複数存在している状況にある(Baillie,Humpage and Osterberg,“Intervention as Information:A Survey”,working paper 9918,Federal Reserve Bank of Cleveland,December 1999)。こうした結果、主要国においては、「外国為替市場介入の効果は限定的なものにとどまり、また、そうした限定的な効果を発揮できるタイミングも極めて限られている」という理解が、学界のみならず政策当局者、さらには世論にも共有されているのである。加えて、自国通貨売りによって外貨準備高が膨らむことになれば、それを政府が保有するか中央銀行が保有するのかを問わず、国民の資産が為替変動などの市場リスクにさらされることになるため、実際に為替相場が変動しても、当局が市場介入という、いわば「伝家の宝刀」を抜く機会は極めて限られる、という結果につながってきたものとみることができよう。

  4. 今後の外貨準備政策運営が、先行きの財政運営に及ぼすリスク
    このように、わが国のこれまでの外貨準備政策の運営振りは、欧米主要国とはかなり異なるものであり、むしろ近隣の東アジア諸国の運営に類似するものであることが明らかになった。ただし、わが国の外貨準備高の増嵩振りは他を圧倒している。為替相場やわが国の実体経済の動向にもよるが、こうした外貨準備政策運営を仮に今後も継続していく場合、わが国の経済政策運営全体に何らかの影響を及ぼすことがないのかについて、次に検討してみよう。
    すでに述べたように、わが国の外国為替資金特別会計は、為替相場動向の影響から、国の財政の要である一般会計を遮断する役割を果たしており、その所要原資は、政府短期証券の発行・償還により、市場からの借金の額を増減することによって調節する仕組みとなっている。こうした制度は、a.為替相場が自国通貨高方向にも自国通貨安方向にも振れ、通貨当局による自国通貨買い・自国通貨売りの市場介入が、一定期間をとってみれば頻度や金額の面で、結果的にほぼ同水準に収まるケースや、b.為替相場がもっぱら自国通貨高に振れ、当局による自国通貨売りの介入が、自国通貨買い介入よりも圧倒的に多いとしても、その結果である外貨準備高と表裏一体として積み上がっている債務残高が、当該国の政府債務全体からみて、問題にならない程度の小さいレベルにとどまっているか、あるいは、当該国の財政運営全体が健全で、政府債務全体の累積も小規模にとどまっているケースにおいては、市場動向に応じ外国為替市場介入を機動的に実施するうえで、適切に機能する枠組みとなろう。わが国の場合も少なくとも、相対的にみて健全な財政運営が行われていた90年代の初め頃までは、このb.のケースに該当していたものと考えられる。しかしながら、その後について、とりわけ近年および来たるべき近い将来に関しては、全く状況が異なるのではないだろうか。
    わが国経済は、バブルの崩壊後10年以上の長期間にわたり低迷を余儀なくされている。税収が伸び悩むなかで、景気対策を相次いで発動させ、また、金融システムの安定確保のために財政資金を投入したことなどもあって、国の債務残高は本年6月末時点で約644兆円に膨らみ、国の経済規模からみても主要国中で最悪の水準に達している。そうしたなか、日銀が量的緩和政策を実施することにより、国債価格の事実上の下支えを図っていることなどもあって、長期金利は過去あまり例のない低水準で推移しているが、最近では、景気回復の兆候などを映じ、若干ながら上昇する気配もみられている。
    こうした状況下、わが国経済が先行き抱える最大のリスクが国債価格、換言すれば長期金利の今後の動向にあることは論をまたないであろう。そこで、今後わが国経済がたどるコースによって、外国為替資金特別会計にはどのような影響が及ぶのかを簡単に検討してみよう。
    小林・加藤[2001]『日本経済の罠』日本経済新聞社、2001年による、今後のシナリオ分けを参考に考えれば、現在のわが国経済は、「緩慢な破綻」のコースをたどりつつある可能性が高いように考えられる。これは、わが国経済の長期低迷が持続し、それを背景に金利も低水準の状態が継続するというものである。日銀のゼロ金利政策は99年2月に導入され、それが2000年8月にいったん解除された後、2001年3月には量的緩和政策が導入されて現在に至っている。いわば「超金融緩和」状態がすでに相当の期間にわたり継続しているため、国民はこの状態に慣れてしまっている感もある。しかしながら、このシナリオには、ある時から突然、次に述べる「国債暴落」ないしは「途上国型経済破綻」のシナリオに突入してしまうリスクと常に背中合わせとなっていると考えられる。それを回避するには、経済成長力の面での余力が極めて乏しいなかで、国民のコンセンサスを得て、実効性のある財政再建をいかに進めることができるかにかかっているといえよう。国民のコンセンサスが得られず、国の債務残高の累積に歯止めがかからなくなってしまう場合、次のシナリオが現実のものとなってしまう可能性が高い。なお、外国為替資金特別会計にとっては、この「緩慢な破綻」シナリオが継続している間は、日米金利差は常にアメリカの方が日本を上回ると考えられるため、わが国の通貨当局が従来の外貨準備政策運営を続け、そのバランス・シートの規模を拡大し続けても、同特別会計はこれまで通り利益を計上し続けられるものと考えられる。
    これに対し、次に述べる「国債暴落」のシナリオは、現時点ではまだあまり現実味のないものかもしれない。しかしながら、わが国の経済・金融面での客観的な指標に基づき、諸外国における過去の経験に照らし合わせると、全く他人事と割り切ることはできないであろう。小林・加藤[2001]は、わが国で国債の暴落が発生すれば、最悪の場合、98年のインドネシアで発生したような、「途上国型の経済破綻」が発生しかねないと警告している。これは、円に対する市場の信認が突然失われ、円のデフレ・スパイラルが円のハイパー・インフレに突如反転する一方で、ドル建てでのデフレ状態が継続し、円は暴落するというものである。こうした最悪のシナリオが万一現実のものとなった際、外国為替資金特別会計にはいかなる影響が及ぶだろうか。円が暴落すれば、通貨当局は当然ながら大規模な円買い介入を実施することになろう。円の下落の程度にもよるが、その際には過去の円売り介入でドル資産を取得した際よりもはるかに円安のレートでドル資産を売却することになるため、当初の円売り介入の際に発行した政府短期証券の金額を上回る円資金が対価として得られることになり、より多額の政府短期証券を償還できるため、外国為替資金特別会計のバランス・シートの規模を縮小させるペースを速めることができよう。しかしながら、円ドル相場が大幅な円安に触れることが、同特別会計に対してプラスの影響を及ぼすのは基本的にはそこまでである。「現金主義」に立脚する以上、現在の長期的な円高局面による外貨準備への為替差損の発生が、同特別会計の損益計算上何ら勘案されていないのと同じく、大幅な円安局面が進行したとしても、為替差益は同特別会計の損益計算上、基本的に勘案されることはないはずである。むしろ、円のハイパー・インフレが発生すれば、70年代の過剰流動性の時期にも実際にみられたように、日米金利差が過去とは一転し、円金利がドル金利を相当に上回る状態が発生するものと考えられる。外国為替資金特別会計の2002年度末時点のバランス・シートの全体の規模は約74兆円で、このうち外貨建て資産(外貨預け金と外貨証券の合計)は約52兆円、外国為替資金証券の発行残高は約58兆円である。そこで、負債は円建て、資産はドル建ての形となっているバランス・シートの規模を約60兆円として単純に計算すれば、日米間に1%の金利差がつくごとに、6,000億円規模の利益ないしは損失が計上されることになる。これに対して、同特別会計のいわば資本勘定に相当する資金や積立金について、同じ2002年度末時点の金額をみると、資金は約7,500億円、積立金は約11兆円となっている。70年代や90年代前半の実際の経験では、いったん日米金利差が逆転する事態になると、それがごく短期間では解消せず、数年間、場合によっては10年間という期間にわたり継続することもあり得ることが示されている。そうなれば、資金や積立金は数年間で底をつくことは目に見えている。同特会のバランス・シートの規模が両建てでさらに拡大されれば、資金や積立金が払底する時期はさらに早まることとなろう。こうしたケースへの対応として、外国為替資金特別会計法第12条の2は「この会計の収入支出の状況により必要があると認めるときは、予算の範囲内において、一般会計からこの会計に繰入金をすることができる」と定めている。そうした経済・金融情勢の下で、財政運営全体がいかなる状況に置かれることになるかは想像に難くないが、そのなかで、外国為替資金特別会計は、これまでとは一転して、一般会計の「お荷物」となりかねない、ということになる。確かに、「国債の暴落」、「円建てのハイパー・インフレ」といったシナリオは、極端なケースであろう。しかしながら、「暴落」とまではいかなくとも、国債価格がジリジリと値下がりし、長期金利が上昇するケースについてまで、現時点で完全に想定外とすることにも問題があろう。また、日米金利について考えてみても、わが国経済の構造が、様々な意味での変貌を余儀なくされているなかで、近年のように米金利が日本の金利を上回る状態が今後も一貫して継続する保証はない。経済の成熟の度合いの面で、わが国に類似する主要先進諸国が、その外貨準備政策運営上、極めて抑制的な政策運営振りを堅持していることには、おそらく、外貨準備という国民の資産を必要以上に膨らませることになれば、上述のような形で為替相場・金利などの市場リスクにさらされ、他の経済政策運営の面にまで悪影響が及ぶこととなりかねない、という点が作用しているものと考えられる。

  5. 今後望まれる政策運営の方向性
    最後に、すでに6,000億ドルを上回る外貨準備高を抱えているわが国にとって、では今後、いかなる外貨準備政策運営が望まれるのかを検討したい。
    これまで述べてきたように、従来のように、ドル建て資産と円建ての負債を両建てで膨らませ続ける政策運営が、先行きのわが国の財政運営全体にもたらすリスクは極めて大きいといわざるを得ない。日米金利が先行き逆転すれば、外国為替資金特別会計の各年度の損益が、これまでとは一転して損失に転落し、しかもその状態が継続して、ひいては一般会計に負担をかけることとなりかねない。それにとどまらず、外国為替資金証券の発行残高の大幅な積み増しは、国債市場の需給悪化を通じて、国債価格の下落のトリガーともなりかねないと考えられる。そうした事態を回避するためには、次に述べるような政策運営の方向性について検討することが望まれる。
    第1には、当局による市場介入の効果をいかに把握するかに関しては、なお議論の余地もあるものの、わが国の場合、外貨建て資産の取得、すなわち円売り方向での介入を実施するに際しては、その頻度や投入する金額に関して、再検討する余地があるのではないか。確かに国によって置かれた立場には違いがあるものの、市場動向を慎重に見極めつつ、できるだけ少ない金額・頻度の介入で、できるだけ大きい効果をあげるためには、いかなる政策運営が望まれるのかについては、欧米の当局の政策運営から学ぶべき点も少なくないように思われる。
    第2には、外貨準備の水準調整のためのオペレーションの導入である。わが国の場合、外貨準備高の過去の推移をみる限りでは、外貨準備は円高局面における円売り介入の実施に従ってほぼ一方向で増加し続けており、これが減少したのは、過去の限られた円安局面において円買い介入が実施されたときにおおむね限られているように見受けられる。しかしながら、輸出立国でわが国に類似する立場にあるドイツの、ユーロ導入前の時点における政策運営振りは、これと全く異なっている。通貨当局であったドイツ連邦銀行は、例えば90 年代入り後も、ERM制度維持のために大規模なマルク売り介入を余儀なくされるケースがたびたびあったものの、その際に取得した外貨建て資産を、ほどなくして相場が落ち着くのを待って、市場で売却する、というオペレーションを繰り返してきた。これは同行が“commercial selling (一市場参加者としての売却)”と称し、外国為替相場に何らかの影響を及ぼす意図をもって実施するいわゆる「市場介入」とは全く異なるものである、と表明していたもので、外貨準備高を調整するオペレーションに相当する。その背景には、a.銀行券(マルク)の発行という負債の増額を見合いに、外貨資産を一方向で必要以上に増加させてしまっては、中央銀行であるドイツ連銀のバランス・シートが、本稿でもすでに述べたような意味で市場リスクにさらされることになり、通貨価値の安定という至上命題に反することや、b.通貨当局による市場介入の効果に関して、すでに述べたように、それを限定的とみる理解が政策当局・世論(市場)に共有されているため、一定の条件を満たす形で外貨建て資産の反対売買を同行が実施しても、市場における実際の相場にはとりたてて影響が生じることはないと考えられていたこと、といった点が作用していたものと推測される。なお、99年の単一通貨ユーロの導入後、EU 加盟国の通貨当局は欧州中央銀行となったが、欧州中銀の発足後にも、同様のオペレーションが実施されている。すなわち、同行はその2000 年版の年次報告において、同年8月31日に、同行の理事会が、「99年の発足時点における欧州中銀のバランス・シートの構成とリスク・プロファイルを維持するため、外貨準備資産の利子所得による約25億ユーロ強の収入を売却し、ユーロに転換すること」を決定した旨を述べている。実際の市場でのこのオペレーションは、同年9月14日に開始され、その後約1週間程度の期間にわたり、分散して実施された。これは、後から振り返れば、同行が発足後初の市場介入となる、同年9月22日の主要国との協調介入を実施する前の週におけるもので、市場でユーロ安が進行している状況を見極めたうえでの、外貨準備の水準調整としての外貨売り・ユーロ買いのオペレーションであったものと推測される。しかしながら、欧州中銀が、発足後まだ1回も市場介入を行っていない、すなわち介入による外貨資産の取得を行っておらず、外貨準備の増加分は利子収入による分にとどまっている状況下において、その小幅の増加分についても残高調整として市場で売却する意思決定をしていることからは、外貨準備政策運営に際しての、同行の厳格な姿勢が窺われよう。すでに6,000億ドル強という巨額の外貨準備を抱えているわが国としても、今後はこうした、外貨準備の残高調整としてのオペレーションを実施することを検討してもよいのではないか。当然ながらその際には、相場動向を見極めて実施し、1日当たりの実施金額を小規模にとどめる、という配慮が必要となろう。過去の円ドル相場の実際の推移をみれば、長期的なトレンドは確かに円高ではあるが、実際には円安方向に振れる局面も存在することが確認できる。こうした局面で、1日当たりはごく少額にとどめるとしても、ある程度の期間中について、断続的に外貨準備の残高調整オペレーションを実施できれば、外貨準備高の規模をそれなりに縮小できるはずである。そのような政策運営を行っておけば、逆に円高圧力が強まる局面において、外国為替資金証券の発行上限を引き上げることなく、円売り介入を実施することも可能となろう。なお、97年に当時の橋本首相が「米国債を大幅に売りたい誘惑に駆られたこともある」と発言したことからも明らかなように、類似の政策運営が提案されたことが過去ないわけではない。ただし、そうした際には、必ずといってよいほど、わが国とアメリカとの特別な関係や、わが国の通貨当局が、米国債の大口の保有先となっている事実が引き合いに出されてきた。しかしながら、ブッシュ政権下における政治的な力関係の問題や、中国人民元の問題もあって、最近のアメリカ内の世論は、かつてとはやや変化しつつあるように見受けられる。こうした情勢を勘案すれば、外貨準備の残高調整のオペレーションを導入することは、これまでほどには困難でなくなりつつある、とも考えられるのではないだろうか。
    第3には、外貨準備政策を、従来の市場介入という側面からのみ運営することなく、それと表裏一体にある、政府短期証券の管理の側面も考慮しつつ運営されるよう、政策運営の枠組みを改めることである。経済財政諮問会議の民間議員である本間正明大阪大学教授などは、「債務管理庁」を財務省とは別の形で設立する構想を提言している。もし、そうした機関をわが国でも設立できることになるのであれば、国債の一種である以上当然ではあるが、政府短期証券の発行・償還についても、その対象に明示的に含めることが望まし。実際の外貨準備政策運営に際して、従来のように、もっぱら「外貨を取得する」立場からのみ運営することなく、同じ政府部内において、「国債・政府短期証券などの負債を管理する」立場からこれを牽制する枠組みを構築できれば、実際の政策運営の着地点はかなり変化することになるのではないか。上述のような外貨準備高の調整、といった考え方も、政策当局から、より自然に出てくるようになる可能性もあろう。
    本年度入り後のわが国通貨当局による円売り介入がすでに巨額に達し、本年度当初予算で設定されている外国為替資金証券の発行上限(79兆円)に実際の残高が接近しつつあるなかで、10月入り後、「財務省が為替介入枠を90兆円規模に拡大することを検討」といった報道が散見され始めている。これまでのように、バランス・シートを両建てで拡大するという外貨準備政策運営は、外国為替資金特別会計にとってのみならず、今後のわが国の財政運営に及ぼすリスクがあまりにも大きい。今後は、外国為替市場介入という観点を超えたより幅広い視点から、わが国の外貨準備政策運営を再構築することが望まれる。
    (2003.10.31)*本文のみ掲載(詳細な注を除く)
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