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【REPORT】
中小企業向け政策金融の果たす役割の見直しを-逆選択と民業圧迫を回避する枠組みの確立を急げ

2003年01月25日 調査部 金融・財政研究センター 河村小百合



  1. はじめに

    わが国の民間金融機関をめぐる情勢が厳しさを増している。不良債権処理の加速をにらみつつ、雇用や中小企業対策等の面でのセーフティ・ネットをいかに構築するかが、補正予算の内容等とも絡み、論議の的となっている。他方、特殊法人改革のなかで、2001年末の時点で結論が先送りされた政策金融機関の在り方については、経済財政諮問会議の場において検討が行われてきたが、2002年12月に示されたその結論は、抜本的な改革を先送りするものにとどまった。
    本稿においては、目下の最大の焦点ともいえる中小企業金融の分野に焦点を絞り、政策金融による対応の在り方を検討したい。

  2. 従来の中小企業向け政策金融制度

    わが国では従来、中小企業向けの信用供与を専門的に手がける政策金融機関として、a.中小企業金融公庫、b.国民生活金融公庫、c.商工組合中央金庫、d.中小企業総合事業団信用保険部門(旧中小企業信用保険公庫)の四つが存在する。このうちa.中小企業金融公庫、b.国民生活金融公庫、c.商工組合中央金庫は、基本的に固定低金利・長期での中小企業への直接融資を主力の業務としている。民間金融機関を通さない、政策金融機関による直接融資である以上当然ではあるが、融資対象である中小企業の信用リスクは、100%政策金融機関が負担している。
    他方、d.中小企業総合事業団は、全国各地の信用保証協会による信用保証制度を、信用保険制度や融資等の手段を通じ、国として補完する役割を果たしている。信用保証制度は、民間金融機関による融資を信用保証協会が保証するもので、一部の例外を除き、融資対象である中小企業の信用リスクの100 %を信用保証協会が負担する。保証を付した当該融資が万一デフォルトとなった場合には、信用保証協会が、不履行額の全額を代位弁済するが、信用保険制度により、代位弁済額の7割ないし8割程度は、中小企業総合事業団から信用保証協会に給付される。代位弁済額のうち残る2割ないし3割は信用保証協会と、その設立母体である地方公共団体とが分担するが、その負担割合は、信用保証のプログラムごと、および各地の信用保証協会ごとに決められており、実際には様々である。このようにみると、わが国における中小企業向けの信用保証制度は、地方公共団体、地方公共団体によって設立されている信用保証協会といういわば準政府機関、および国という公的なセクターが、与信対象である中小企業の信用リスクの100%を負担し、融資を実行する民間金融機関は信用リスクを負担しない、という特徴のあることがみてとれる。

  3. 中小企業金融の現状-政策金融制度運営の招いた帰結

    中小企業向け政策金融のプログラムとして、以上のようなメニューが設けられ、運営されている結果、実際の融資の現場では、次のような事態が生じている。
    まず、a.中小企業金融公庫、b.国民生活金融公庫、c.商工組合中央金庫の3機関による直接融資に関しては、中小企業側からは、その資金供給を評価する声がある一方で、これら3機関と民間金融機関との間で、イコール・フッティングの確保されていない競合が発生している。中小企業の資金調達の面で、間接金融への依存度が高いわが国において、金融機関からの相対での信用供与は、中小企業にとっての業務継続上の生命線であると同時に、民間金融機関にとっても、中小企業向けの信用供与は重要な収益源である。しかしながら、内閣府が2002年5月に実施したアンケート調査の結果においても明らかにされているように、業績の良好な中小企業をめぐって、政策金融機関が、民間では太刀打ちの出来ない、直接融資の好条件を提示する、といった「民業圧迫」の事例が後をたたない。各政策金融機関の設立根拠法には、その存在意義・目的に関して「一般の金融機関が供給することを困難とするものを供給すること」といった、基本理念がもれなく盛り込まれている。それにもかかわらず、実際には、こうした民業圧迫を回避するための制度的な措置が何ら用意されず、民間金融機関と真正面から競合する直接融資方式で運営されている現状では、こうした結果になることは、制度の設計上、ある意味で当然のこととも考えられる。
    他方、d.中小企業総合事業団がサポートしている信用保証制度においては、それが、与信対象の信用リスクの100%を、国等の公的セクターが基本的に負担するものであるために、結果的にデフォルト・リスクが高く、質の悪い案件が集中してしまうという、いわゆる「逆選択」の事例が多く発生している。とりわけ、1998年10月から2001年3月まで実施されていた「特別保証」制度においては、保証の付与に当たって信用保証協会側が行う審査の要件も大幅に緩和されたために、事実上、申請すればほぼすべての案件に保証が付与される、という状態にあった。こうした結果、信用保証の付された債務がデフォルトするケースが多発している。信用保証協会の代位弁済額は、98 年以降急増し、2000年には1兆387億円と初めて1兆円台に乗せたが、その後も2001年中は1兆2,093億円、2002年1~9月中で9,645億円(年率換算で1兆2,860億円)と増勢の一途をたどっている。これをいわゆる「特別保証」制度の利用分に限ってみれば、98年度中には27 億円にとどまっていた代位弁済額が、99年度中には2,062億円、2000年度中には4,217 億円と急増している。制度開始後3 年間(98 年10 月から2001年9月まで)の累計でみた、「特別保証」制度利用分にかかる代位弁済の金額は8,926億円、件数は65,163件に達している。なお、注意すべきは、この「特別保証」制度が実施されていた期間が、わが国の民間主力銀行が、軒並み公的資金の注入を受け、その「経営健全化計画」の一環として、中小企業向け融資に関して一定の目標を達成することを義務づけられるようになった時期とも重なる点である。こうした政策の組み合わせが行われ、かつ、上述のように優良な中小企業向けの与信案件が、低利固定・長期の直接融資方式の政策金融機関に集中するケースが後をたたない、となれば、「特別保証」に集まる案件がどのようなものになるかは自明であろう。
    わが国における中小企業向けの政策金融が、以上のような枠組みで運営されてきた結果、中小企業の倒産件数の増勢にある程度歯止めをかける、といった表面的な効果は、確かに一定程度は認められるであろう。しかしながら、a.中小企業向け保証債務のデフォルト(=代位弁済)の増加による、国や地方公共団体等の財政負担が増加していること、b.本来、民間金融機関が主力となって担うべき金融仲介機能が、正常かつ健全な状態で機能しなくなっていること、c.生産性・収益性の低い既存の中小企業を政策金融により温存することは、裏を返せば、金融機関による信用供与の際の審査を通じて本来は促進されるべき、中小企業セクターの構造調整の遅延につながっていること、というわが国経済・金融に与えるマイナス影響についても、今のような情勢であるからこそ、目をそむけるべきではないと考えられる。このうち、わが国経済・金融の今後に与える影響がとりわけ大きいのはb.とc.である。わが国の政策金融およびそれに関連する諸制度が、政策金融が本来果たすべき、かつ果たし得る役割を逸脱し、民業を圧迫し、逆選択を生じさせる制度設計となっていることが、こうした結果を招く一因となっていると言っても過言ではない。

  4. 中小企業向け政策金融改革の方向性

    では、わが国経済の置かれた足許の情勢に鑑み、政策金融は今、いかなる役割を果たすべきか。今わが国経済で最も求められているのは、技術革新、近隣諸国の台頭等の諸条件の変化に対応しつつ、今後成長が見込まれる分野を見いだし、新たな事業に挑戦する中小企業を出現させ、成長させることである。今日内外で名を馳せている大企業のなかには、その歴史をたどれば、新規分野に挑戦する中小企業として事業をスタートさせた先が少なくない。長期間の低成長にあえぐわが国経済が今最も必要としているのは、こうしたセクターであることは論をまたない。ただし、こうした新規分野における事業が、どの程度先行き有望なものであるかという判断は、一般的には難しい。確かに、こうした点を含めた判断こそが金融仲介によるリスク負担の本質であると考えられ、審査のプロとしての民間金融機関の腕の見せ所でもあろう。しかし、新分野での起業となれば、明らかに情報の非対称性が認められ、市場の失敗に対する政策金融による関与が必要とされ、その一定のプラス効果が期待出来ると考えられる。今後のわが国の中小企業向け政策金融を運営するうえでは、従来の、既存の中小企業およびその既存の事業を主たる対象とし、100%の信用リスクを政策金融機関や政府等が負担するような直接融資や信用保証事業は基本的に大幅に縮小し、その重点を、産業構造転換を促進するための、新規起業家の支援に置くことが望まれる。

    直接融資は廃止し、民業を補完する代理貸し方式に限定すべき

    そこで、中小企業分野におけるわが国の政策金融の枠組みを、以下のように改革することを提言したい。まず、a.政策金融機関による従来の中小企業向け直接融資は、上述のような、民間金融仲介機能への悪影響(「民業圧迫」)や、構造転換の遅延等のマイナス影響も少なくないため、基本的に廃止する。ただし、昨今の金融情勢に配慮し、最低限の公的な資金供給経路を確保する必要性は残ると考えられる。この点と、民業圧迫や逆選択の回避の双方を満たすようにするため、b.融資は現在の中小企業金融公庫が行っている、民間金融機関による「代理貸し」に類似する方式に限って認めることとする。
    「代理貸し」方式は、わが国の中小企業金融公庫の従来の制度としては、既述のようにあまり利用が伸びず、良好に機能しているとは言い難いものであるが、ドイツの政策金融機関では、その巧妙な制度設計もあって、広範に用いられ、相応の成果を達成している。ここで重要なのは、個々の案件に関する融資の実行の判断や、信用リスクの主たる部分の負担は民間金融機関が行うということである。政策金融機関による資金供給は、例えば、当該中小企業に対する総与信額の3割を上限とし、残りの部分の与信は民間金融機関自身の判断で適用金利・期間等の条件を設定し、自ら融資を実行する、といった形とし、政策金融は質・量の両面で、あくまで民間金融機関の与信に対して補完的な役割を果たす設計とする。信用リスクは基本的に民間金融機関が負担することが望ましく、民間自らが融資する部分の信用リスクを民間が100 %負担することは当然ながら、政策金融機関による資金供給の部分についても、出来る限り民間金融機関が信用リスクを負担することが望ましい。そのためには、この代理貸しの部分について、どの程度のマージンを民間金融機関が確保するのかについては熟慮を要し、その時々の金融情勢等にも配慮しつつ機動的に運営する必要があろう。このように改革を進めることが出来れば、現状のような「民業圧迫」状態は相当程度解消するはずで、民間金融機関が粛々とその業務を遂行し、健全な金融仲介機能を回復していくうえで前提となる基盤は、徐々に整備されることになる。もちろん、民間金融機関側にも、審査能力、ひいてはリスク負担能力を高める努力が求められることは当然である。

    信用保証制度は、民間金融機関の信用リスク負担を不可欠とし、対象金融機関も拡大

    次にc.信用保証制度については、従来の制度のように、与信対象の中小企業の信用リスクを、国や地方公共団体を後ろ盾とする信用保証協会が100 %負担することは、基本的に改めるべきである。例えば、アメリカにおいても、中小企業庁(Small Business Administration)による保証が設けられているが、その主力プログラムである7(a)プログラムをみても、連邦政府によるリスク負担は7割程度であり、残りの部分は融資を実行する民間金融機関が負担する。こうした基本的な制度設計は、いわゆる「逆選択」という事態を回避するためにも不可欠であると、官民を問わず一般的に認識されている。わが国においても、同様なレベルでの制度設計が望まれるが、昨今の情勢に鑑みて、民間の負担分を大きくすることはどうしても困難ということであれば、仮に民間の負担分を1 割程度にとどめ、国等の負担部分を9割とすることによってでも、「逆選択」はかなりの程度回避されるものと考えられる。また、信用保証については、現在その対象が、いわゆる民間「金融機関」に限られてしまっている。しかしながら、不良債権問題を背景に、これらの機関の金融仲介機能が相当に低下している現状において、代替的な経路による金融仲介を促し、かつ、将来的には、証券化の促進による担い手の多様化を通じての、中小企業金融の活性化を視野に入れるべく、信用保証制度の対象を、一定要件を充足するノンバンク等にも拡大することも検討に値するであろう。

    新規起業の支援-今だからこそ求められる政策金融

    以上のような機能を果たすべく、従来の制度を改革することがもし出来れば、政策金融機関による融資や信用保証の規模は、特段の目標を掲げなくとも、自動的にかなり縮小することになろう。政府としては、そこで「浮く」形になる資金を、今後のわが国経済にとって望まれる展開を見据えた新たな政策や、セーフティ・ネットの整備に充当すべきである。中小企業分野では、セーフティ・ネットは、既存の企業よりはむしろ、個々の労働者レベルでの雇用対策に重点を置き、今後成長の見込まれる新規分野への就業の転換が円滑に行われるように、手厚い支援を行うべきである。また、政策金融としては、企業レベルで新規事業への転換を促進するための支援策を拡充することが望まれる。こうした分野は、わが国の政策金融機関の従来のプログラムのなかにも確かに存在するが、その実績は、上述のような運転資金目的等での融通を中心とする直接融資に比べれば、圧倒的に少なかった。今後は、同じ融資でも、こうした目的のものについては、政策金融機関による資金供給の条件を、基本原則を逸脱しない範囲内で、相対的に優遇してしかるべきである。
    また、新規起業の支援策としては、わが国の場合、ベンチャー・キャピタルへの支援が、従来手薄であった分野と考えられる。現在、「民営化された特殊法人」の形態で、東京、大阪、名古屋に各中小企業投資育成株式会社が設けられているものの、一般的には政策金融機関との認識は薄く、またその規模も限られている。今後はこうした分野の拡充策に加え、新規起業家へのベンチャー・キャピタルの出資や退出をも容易にする、規制・税制面での環境整備を併せて進める必要があろう。

  5. 厳しい経済・金融情勢であるからこそ、政策金融の改革は待ったなし

    足許の金融情勢は大変に厳しいものがある。しかしながら、わが国経済の低迷や、金融仲介機能の極端な低下がこれほどまでにも進んでいることを考えれば、従来のような政策運営によっては、もはやこの危機から脱することが出来ないことは明らかである。中小企業分野における政策金融運営も例外ではない。97~98年の前回の金融危機の後の対応として、中小企業向け政策金融機関は、単なる数合わせの組織統合が行われたにとどまり、その機能・業務が見直されることは全くなかった。政策金融機関ないしは国が与信先の信用リスクを100 %負担する直接融資方式や信用保証制度は、改められるどころか審査要件が緩められ、かえって肥大化した。そして、その後数年が経過した現在、わが国経済は回復するどころか、以前にもまして厳しい状況に置かれている。政策金融によって、与信先の信用リスクを100 %負担しても、そのデフォルトの確率まで低下させることは出来ないことは、結果が証明している。デフォルトの時期を遅らせるのが精々なのである。そして、わが国経済が最も必要としている、新しい成長の芽が生まれる気配は、残念ながら窺われない。結果として、わが国経済の成長も停滞状態が継続している。このように、今、わが国が再び繰り返そうとしている、従来型の政策運営の限界は、もはや証明済みであると言えよう。こうした政策運営は、現下のわが国経済にとっては、民間金融仲介機能の回復を阻害し、経済構造の転換をさらに遅延させるなど、むしろマイナス影響が大きいという点に、そろそろ国民全体が気づくべき時なのではないか。

    政策金融の機能の見直し、民間によるリスク負担こそが、改革の基本

    経済財政諮問会議が、2002年12月13日に決定した政策金融改革の今後の方針をみると、抜本的な改革が先送りされ、かつ組織の見直しが改革の柱と位置付けられてしまっている印象がぬぐえない。しかしながら、政策金融の対象分野の絞り込みがいかにうたわれ、規模の縮減目標がいかに掲げられ、組織のガバナンスの強化がいかに図られようとも、政策金融の機能自体が見直されることがなければ、改革の実効性は乏しいものにとどまらざるを得ない。このままでは、わが国の政策金融は間違いなく肥大化の一途をたどるであろう。そして、そうした対応は、わが国の金融・経済の両面で、近い将来に致命的なものとなりかねない。
    肝心なのは、機能の見直しである。政策金融の機能を、民業圧迫と逆選択を回避する枠組みに改め、民間金融機関によるリスク負担を基本とすることを急ぐべきである。そうすることなしに、わが国の金融仲介機能の正常化と、経済構造の転換を促進することは不可能である。なお、極論すれば、政策金融機関の組織形態が現行のままでも、機能の見直しに取り組むことは十分可能なはずである。融資と保証の双方を、民間金融機関によるリスク負担を基本とする、少なくとも部分的に不可欠とする枠組みに改めることが出来れば、政策金融に特段の目標を掲げなくとも、規模はおのずと縮小し、対象分野も自動的に絞られることになろう。今のような厳しい状況であるからこそ、中小企業向け政策金融の抜本的な改革を、待ったなしで実行することが望まれる。
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