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コラム「研究員のココロ」

企業文化としてのデザイン(2)‐前編

2004年11月15日 井上岳一


 連載の第1回では、企業文化としてのデザインを革新性の観点から述べた。デザインとは革新そのものであり、革新を許容する覚悟と仕組みを有する状態が、デザインが企業文化となっている状態である。
 連載の第2回では、デザインを企業文化とする企業が有するもう一つの特徴、高い人間志向性について述べることとする。この人間志向性こそが、革新を生み出すのである。


1.人間の問題解決手段としてのデザイン

 アメリカのHerman Miller社(1923年創業)は、1930年代にデザイナーとの取組を開始して以来、デザインを最重要の経営資源として位置付けてきたオフィス家具メーカーである。古くはジョージ・ネルソンやチャールズ&レイ・イームズのデザイン、近年では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションとなった「アーロンチェア」等、デザイン性に優れた数多くの革新的な製品を生み出し、20世紀を代表する家具メーカーの一つとなっている。
 Herman Miller社では、「人間の問題解決を図る」ことをミッションとし、そのための最重要な手段として、デザインを位置付けている。「素晴らしいデザインは素晴らしい職場環境を生み出すことができる」「人が多大な時間を過ごす職場環境をより良く改善することこそが、人間の幸せにつながる」(Beckwith, 2004)と言った信念に基づき、エルゴノミクス(人間工学)やワークプレイスの研究を援用しながらデザインをすることで、革新的な製品を生み出してきたのである。
 前述した「アーロンチェア」(1994年発表)はその好例であろう。メッシュ生地で構成され高次元の調節機能を有するこの椅子が生み出す素晴らしい座り心地は、その近未来的な外観と相俟って、新世紀を予感させるオフィスチェアとして、世界中で熱狂的に迎え入れられたのである。

”People deserve the better, and we aim to provide better for them”
(人間はより良いことに値するものである。そしてより良いことを提供することを私達は目指しているのである) 
- Don Goeman, Vice President of Design and Development, Herman Miller Inc. (Beckwith, 2004)

 この簡潔な言葉に、人間に対する深い愛情を感じない人はいないだろう。このような人間志向性、人間の生活に対する思いやりに満ちた眼差しは、「デザインは社会の変化に伴って生まれてくる人間の問題に対応しないといけない」(ジョージ・ネルソン)、「デザインは問題を解決するための適切な解答でなければならない」(チャールズ・イームズ)と言った信念を有するデザイナー達との協働の中で、次第に企業文化として根付いてきたものと考えられる。

2.ホスピタリティとしてのデザイン

 一方、創業者の思いやりに溢れた眼差しが企業文化としてのデザインを形作ってきた好例がホンダである。ホンダの創業者である本田宗一郎は、「デザインは目で見る交響曲」「上品で端正で少しの色気があることが大事」と言ったような表現を通じて、デザインにこだわることの重要性を説いていたと言う(岩倉、 2003)。そして、このデザインに対するこだわりは、時に、大衆に対する思いやりと同義になる。例えば、「クルマはな、うしろ姿が大事なんだ。運転していると、対向車の前はアッという間に見えなくなるだろ。それに引き替え、前を走っているクルマのうしろはずっと見ていることになる。格好の悪いやつのうしろにつくと、うんざりだよ。長く見ていて飽きないのが良いね。」と言う言葉には、デザインの社会性に対する配慮、大衆に対する優しい眼差しを感じるからである。まさに、「人のこころの問題を大切にすることに尽きる」との哲学を持って経営に当たっていた本田宗一郎ならではであろう。
 このような本田宗一郎の哲学が原点にあるからこそ、本田宗一郎の下で長年社内デザイナーを務めてきた岩倉信弥は、「形は心なり」「デザイン即仏行」と言った、ある意味、宗教的なレベルに達した倫理観を持って、デザイン活動に臨んできたのである。そして、そのデザイン活動の果てに、デザインとは、「お母さんのおにぎり」のようなものとの結論に達している。「母親が子供のためにおにぎりをつくる時、大抵の場合、材料はあり合わせである。しかし、子供の好みは熟知しているし、手の大きさ、口の大きさ、食べ方まですべて知り尽くしている。そして、子供の食べている状況や喜ぶ顔を思い浮かべながら、堅過ぎず柔らか過ぎず、『心を込めて』にぎる。」(以上、岩倉(2003)より引用)これは、見事にデザインの本質を突いた言葉である。心が込められているからこそお母さんのおにぎりが何とも言えず美味しいように、デザインもまた、届ける相手の喜ぶ顔を想像し、心を込めて創造された時に、多くの人の心を捉えるものとなるのである。
 こう考えると、デザインは、ホスピタリティの領域に限りなく近づくことになる。特定の相手を喜ばせようと心からもてなす行為をホスピタリティと言うが、デザインも心から相手を喜ばせたいとの想いがその本質にあるべきものなのだと言えよう。だからこそ、デザインの追求は、人間志向(=真の意味での顧客志向)を企業内に育み、人間に対する洞察や生活に対する深い眼差しを企業文化として根付かせることとなるのである。


引用・参考文献

1. Alessi, Alberto (2001), “Beautiful but useful”, RSA Lectures March 2001

2. Beckwith, Deanne (2004), “Design’s Strategic role at Herman Miller”, Design Management Review Vol.15 No.2

3. 岩倉信弥(2003)『ホンダにみるデザイン・マネジメントの進化』税務経理協会

4. 京都造形大学編[大野木啓人・井上雅人責任編集](2003)『デザインの瞬間』角川書店

5. 森山明子編著[内田繁・松岡正剛監修](2001)『デザイン12の扉』丸善

6. パパネック,ヴィクター著[阿部公正訳](1974)『生きのびるためのデザイン』晶文社

7. 海野弘(2002)『モダン・デザイン全史』美術出版社

8. 渡辺力(2003)『ハーマンミラー物語』平凡社
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