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コラム「研究員のココロ」

企業文化としてのデザイン(1)

2004年10月25日 井上岳一


1.注目されるデザイン

 1951年、アメリカ視察から帰国した松下幸之助は、羽田空港に降り立った瞬間、「これからはデザインやで」と叫んだと言われている。それから50余年、必死でモノ作りの技術を磨き、世界中にメイド・イン・ジャパンの製品を広めてきた日本の各メーカーが、今、再びデザインに注目し始めている。
 この背景には、社会の成熟化があるのだろう。成熟社会に暮らす私達は、モノの機能以上に、モノの所有や使用がもたらす精神的満足(コト)を求めている。一般メディアがこぞってデザインを特集し、デザイン性の高い家具や家電に注目が集まっているのもそのためだろう。「衣食足りて礼節を知る」ではないが、衣食足りた果ての次なる満足としてデザインが求められる時代になったのである。
 このような事態は、既に10年以上前から指摘されている。例えば、ハーバード大学のロバート・ヘイズは、マズローの欲求5段階説を引き合いに出しながら、社会が成熟し、消費者がモノの実質的機能以上の満足を求めるようになった現代においては、デザインこそが企業の差別化を行うキー・ファクターになるだろう、と説いている(Hayes, 1990)。
 既に機能面での差別化が困難になりつつある中で、更に差別化を行うことのできる価値が、見た目の美しさであったり、「モノ」を「コト」へと変えるストーリーや象徴であったりするのだろう。これが、現在、数多くのメーカーが、デザインやブランドに注目する背景であると考えられる。



2.デザイン=美顔術?

 私達の生活を取り巻くモノがより美しく、楽しくなっていくことは歓迎すべきことである。しかし、デザインが単なる売上を上げるためのツールとしてあまりに安易に持ち上げられることには違和感がある。
 勿論、デザインは、アートと異なり、広く世の人々に受け入れられてこそ成立するものであるから、本質的に商業性とは切っても切れない関係にある。「売れてこそ良いデザイン」であるわけだから、「売れるためにデザインがある」と考えるのは当然の結果であろう。これを嘆くつもりは毛頭ない。
 だからと言って、デザインを売るためのツール、言わば、商品の美顔術、と割り切ってしまうのでは、あまりにデザインの意味が矮小化されてしまう。デザインとは、もっと豊かな意義を有するものであり、企業経営においても、単なる儲けの手段として以上の価値をもたらすものになり得るからである。
 50年以上前に松下幸之助の一声で産業界がデザインを取り入れ始めた。しかし、その後、大量生産・大量消費社会に突入していく中で、多くの企業はデザインが本来有する価値に気付かぬままにここに至ってしまったのではなかろうか。再びデザインの重要性が注目され始めた今だからこそ、デザインが本来有する意義について問い直すべきであろう。そこで、本連載では、美顔術としてのデザインに留まらないデザインの意義について考えてみたい。



3.企業文化としてのデザイン

 欧米、特にヨーロッパにはデザインを最重要の経営資源の一つに位置付けていたり、より良いデザインの製品を世に送り出すことを自らのミッションにしていたりする企業が数多く存在する。これらの企業に共通するのは、デザインに対する拘りが一つの企業文化にまで高められている点である。
 デザインが企業文化となっている状態とは、どのような状態であろうか。
 これらの企業を特徴付けているのは、経営者自身がデザインに対して深い造詣と情熱を有していることである。そして、デザイナーやデザイン部門は経営者の直接の指揮下にあり、技術部門と同等以上の権限が与えられている。また、デザイナーには製品のコンセプト自体を生み出すことも期待されており、製品開発プロジェクトはしばしばデザイナーの発案からスタートする仕組みになっている。
 この結果として、製品の開発に当たっては、「より良いデザインであること」「デザイナーのアイデアをカタチにすること」が至上命題とされる。このため、仮に技術的な制約があったとしても、理想的なデザインを生み出すために、技術の方がその壁を乗り越えることを求められるのである。このような仕組み・価値観・行動規範が内面化されている状態を「デザインが企業文化となっている」とここでは定義する。
 デザインが企業文化となると、より良いデザインをカタチにするための弛まぬ努力が続けられる。この結果、既存の業界常識を覆すような素材や技術の導入・創造という革新(イノベーション)が生み出されるのである。このため、デザインが企業文化になっている企業は、必然的に、業界のイノベーター的存在となっている例が多い。
 このような例を挙げ出したらきりがないが、例えば、機能性に溢れた上質なデザインを生み出すことで有名なイタリアの家具メーカーCassina社の例を見てみよう。Cassina社の代表作の一つに、1975年に発表したソファ「Maralunga」があるが、このソファの革新性は、背部が可変式で、包み込むような究極の座り心地を与えることにある。そして、この革新性は、モールドウレタンという新技術の使用によって実現されたのである。以後、家具業界では、モールドウレタンの使用が急速に普及し、家具のデザインや機能が大きく発展することとなった。「Maralunga」は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に永久所蔵され、20世紀を代表するデザインの一つに位置付けられているが、それはまた、歴史を塗り替えるほどの技術革新を家具業界にもたらすものとなったのである。



4.技術のナビゲーターとしてのデザイン

 勿論、デザインよりも技術開発に重きを置いた企業文化であっても、革新を生み出すことは可能である。日本の製造業の多くは、そのような技術主導による革新によりここまで成長してきたと言えるだろう。しかし、消費者は技術そのものを求めているのではなく、生活における満足を求めている。このため、あまりに技術主導になると、技術革新が自己目的化し、消費者の求める満足との乖離が生まれる危険性が高まってしまう。このような「イノベーションのジレンマ」(クリステンセン、2001)を防ぐためには、消費者の満足に向けて技術を適当にナビゲートすることが必要となる。そして、この技術のナビゲーターとして機能を果たし得るものが企業文化としてのデザインなのである。
 これを示す好例がSONYのウォークマンの開発過程である。ウォークマン(1979年発売)は、当時、既にソニーが開発していた携帯式カセットテープレコーダー「プレスマン」から録音機能を取り去り、やはりSONYの既存技術であったヘッドホンを取り付けてみるというアイデアから生み出されたものであった。このアイデアをプロジェクト化したのはデザイナーの黒木靖夫であるが、技術陣からは猛反対にあっている。録音技術を追及することが技術陣の至上命題であった当時、それを取り去るとは何事か、というわけである。創業者である盛田昭夫が熱心にこのアイデアを支えたことによって、ウォークマンの開発は実現するに至るのだが、デザイナーの発想よりも技術を優先する企業文化であったら、世界中の若者のライフスタイルを変えたこの革命的製品は、陽の目を見ることがなかっただろう。



5.革新性としてのデザイン

 このように、デザインが企業文化となると、デザインと技術の絶えざる緊張状態が生まれることとなる。そして、この緊張状態を許容する文化こそが、革新的な製品を生み出す源泉となるのである。逆に言えば、デザインが企業文化になっていない場合(つまり、トップのデザインに対する理解がなく、デザイン部門の地位が低い場合)、どんなに優れたデザイナーを雇ったとしても、社内に混乱と対立を生むだけの不幸な結果に終わる可能性が高いということである。
 これまで日本の企業の多くでは、デザイン部門が技術部門の下位に置かれていたため、基本構造が出来上がった後に外装を施すのがデザイナーの役割と見なされることが多かった。このような状態では、様々な制約のもとで、デザインが妥協せざるを得ないのは当然である。例えば、日産や松下では、デザイン力を高めるために、組織構造自体を変革させているが、良いデザインを生み出すためには、このようなデザインを経営の問題として考える覚悟と実践が求められているのである。「どんなに優れたデザイナーであっても、企業がデザイナーの良いパートナーでない限り、絶対に、良いデザインを生み出すことはできない」(Alessi, 2001)。これは、世界中でそのデザインが評価されているイタリアの家庭用品メーカーAlessi社の信念である。
 デザインとは単なる売るためのツール、商品の美顔術ではないことを確認しよう。それは、革新性そのものなのである。そして、その革新をカタチにするためには、時には企業自体の変革といった事態すらも要求される。デザインを単なる美顔術と捉え、自らを革新する覚悟のない企業(経営者)には、デザインを自らのものとすることはできないのである。


引用・参考文献

1. Alessi, Alberto (2001), “Beautiful but useful”, RSA Lectures.

2. Hayes, Robert H. (1990), “ Design: Putting Class into ‘World Class’”, Design Management Journal, Vol.1 No.2.

3. クリステンセン、クレイトン(2001)[玉田俊平太監修・伊豆原弓訳]「イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼす時」翔泳社。

4. 黒木靖夫(1987)「ウォークマン流企画術」筑摩書房。
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