コラム「研究員のココロ」
ビジネスとデザインの諸相
家電業界の場合(後編)
2004年03月15日 井上岳一
前回は、日本の家電業界の構造が孕む問題を、家電の創り手側、受けて側それぞれの立場から論じた。とは言え、創り手は手をこまねいてばかりいるわけではない。既存の業界構造に対する疑問から、家電業界を変革しようという挑戦が既に始まっている。
4.デザインを巡る家電業界の最近の動き
家電業界の新しい動きの中でも 最も注目されているのが、2002年に設立された(株)リアル・フリートhttp://www.realfleet.co.jpの動向である。(株)リアル・フリートは、東芝内の事業として始めたデザイン家電のプロジェクト「Atehaca」をきっかけに、既存の大手メーカーでものづくりをすることに限界を感じた二名の社員がスピンオフして設立した会社である。デザインの良い家電を普及させ、家電業界全般、ひいては日本の住空間を美しいものへと変革するというヴィジョンを掲げている。
(株)リアル・フリートのビジネスモデルの最大の特徴は、既存の量販店主体の流通とは別の流通チャネルを開拓したことである。彼等が当面の販路としているのは、セレクトショップやライフスタイルショップと言われるインテリア・アパレル系の小売店であり、従来は家電業界が対象としてこなかったものである。家電業界が抱えるアポリア(解決できない難問)である家電量販店という大口顧客をあえて流通から外すことによって、素材とデザインに拘った独自のものづくりをできる仕組みを築いている。
大量生産・大量消費という大手メーカーのスタイルを取れないからこそ、6名だけのスリムな組織、自社工場を持たないファブレス経営、といった工夫により、市場規模に見合った体制でのスタートを切っている。また、素材やデザインでの差別化を目指しているため、既存技術の流用により技術開発投資を不要にしている点も見逃せない。価格は同機能の製品よりも割高(およそ1.5倍程度)であり、安売りは絶対にしない。このようなビジネスモデルにより、十分な粗利を確保できる体制を築いているのである。
組織体制上は、ヨーロッパのメーカーのようにクリエイティブ・ディレクター(インテンショナリーズの鄭秀和氏)を置いて、デザインに関する全面的な権限を与えている点もこれまでの日本の家電メーカーにない特徴である。経営側は、デザイナーの能力とプライドを尊重し、デザインについては全面的に鄭氏に委ねている。
彼等が最終的に目指すものは、流通のリ・デザインまでをも含めた業界の再編・変革である。次第にオリジナルブランド「Amadana」の商品点数を増やし、総合家電メーカーへと成長するとともに、地域の小規模小売店をネットワークし、独自の流通網を築くことで、家電量販店に頼る必要のない独自のルートを確保するのである。これは、もともと各社家電メーカーが持っていたメーカー系列代理店制度の復権を企図するものだと言えよう。このように製造から小売までを含めたトータル・デザインが(株)リアル・フリートの業界変革シナリオである。
5.デザイン家電は家電業界を変革するか
クリステンセンはその著書『イノベーションのジレンマ』の中で、既存の業界大手を市場から駆逐してしまうような技術を破壊的技術(破壊的イノベーション)と呼び、今ある技術を基盤に更なる改良を試みる持続的技術(持続的イノベーション)と区別している。メーカーはバリュー・ネットワークに組み込まれているため、主要市場の大口顧客が求める持続的技術の追求に一生懸命になっている。破壊的技術が現れても、通常、その技術は主要市場の大口顧客の関心にはならない。また、破壊的技術の市場が小さいため、大手メーカーでは、この技術への投資は見合わない。このため、持続的技術の追求に邁進し、破壊的技術への対応は怠ることとなる。この構造の中で、破壊的技術は、主要市場とは別の市場で普及し始める。小さな市場に見合った小さな組織がこの普及役を担うこととなるが、次第に、破壊的技術は、主要市場の顧客の需要にマッチした技術にまで成長する。その時に、持続的技術の追求を行っていた大手メーカーは既に遅れをとってしまっている。持続的技術は破壊的技術に取って替わり、それまでの業界大手は市場から駆逐されてしまう。つまり、顧客の要望を大事にして一生懸命に技術を追求し、経営を行っているからこそ、市場で失敗してしまう、これが「イノベーションのジレンマ」の構造である。
(株)リアル・フリートの家電業界を変革したいという思いを知った時、一瞬、このシナリオを想定した。つまり、デザイン家電を作る小規模な優良メーカーとその系列販売店が、大手メーカーと家電量販店を駆逐する、というシナリオである。しかし、このような意味での業界変革をデザイン家電が行うことは考えにくい。何故ならば、デザイン家電は、クリステンセンが定義するところの破壊的技術ではないからである。クリステンセンによれば、破壊的技術は、通常、既存技術に比べて低性能で安価という特徴を備えている。一方、デザイン家電は、性能的にはシンプルで高機能ではないかもしれないが、主要市場の製品群よりも趣味性が高く、高価である。つまり、どちらかと言えば、価格よりも趣味性やサービスといったものを重視するハイエンドな消費者に向けた商品カテゴリーとなるからである。
では、デザイン家電を軸とした現実的な業界変革のシナリオとはどのようなものになるのだろうか。まず、デザイン家電のターゲットとなる消費者は潜在的にどれくらいいるのかを考えてみよう。家電の小売市場が6兆円前後で今後も推移すると仮定した場合、その3割は地域に根差した小規模小売店やデパートにおける売上である。これら3割の消費者(市場規模にして1.8兆円)は、地縁であったり、サービスであったり、趣味性であったり、利便性であったり、と言った理由から量販店ではないルートから定価に近い額での購入を行っている。つまり、何らかの理由で価格以外の要因が決定的な購買要因になっている層である。このため、この層はデザイン家電の潜在的ターゲットとなり得るだろう。また、価格や品揃えの面で量販店に適わない小規模小売店やデパートにとっても、量販店では販売されないデザイン家電を扱えることが、量販店との差別化ポイントとなる。量販店にはない顧客に密着したサービスと合わせれば、これからも生き残っていくことが可能となろう。顧客の嗜好を捉えつつ、創り手の思いのこもった製品を生み出し、適正な価格でじっくりと一人一人の消費者と対話しながら売っていくような体制を創出すること。家電量販店の市場に比べれば半分以下の規模にもならないかもしれないが、このような生産から小売までの一貫した体制が、家電量販店が牽引する現状の家電業界に対するアンチテーゼとして確立されること。これが業界変革の第一ステップであろう。
この動きに呼応するように、家電量販店では、デザイン家電に似せた雰囲気の商品が氾濫し始めるであろう。ナショナル・ブランドであれ、家電量販店のプライベート・ブランドであれ、あるスタイルが消費者に支持されることがわかれば、似たようなスタイルの商品が大量に流通し始めることは致し方ないことである。(株)リアル・フリートのようなデザインを重視したメーカー(以下、デザイン家電メーカーと呼ぶ)は、この動きに巻き込まれないように、よりデザインや素材のクオリティを向上させ、差別化を図り続けていくことが必要となる。
このように規模の小さいデザイン家電メーカーが、その機動力を生かして消費者の生活を豊かにするより良いデザインを追及し、大手メーカーがその中から消費者に支持されるスタイルを汲み上げ、雰囲気の似た廉価版をボリュームゾーンの消費者層に向けて投入すると言った構造が生まれること。この中で、家電業界全体のデザインのクオリティが向上していくこと。これが家電業界変革のための第二のステップであろう。
確かに、家電量販店という業態は今後も主流であり続けるし、大手家電メーカーがその存在に頼りながら、毎年、大量の製品を製造し続ける消耗戦の構図は今後も変わらないかもしれない。その意味で、現在の大量生産・大量消費を基盤とした家電業界の体質自体を変革することは不可能であろう。しかし、創り手の思いのつまった個性的な家電が世に普及し、消費者の一人一人が自分のライフスタイルを考えながら、自分の好みにあった家電を選択できるようになること。それにより消費者やメーカーのデザインやライフスタイルに対する感受性が向上すること。文化の成熟を考える上で、この意味は決して小さくない。
6.大手家電メーカーへ期待するもの
ものづくりに対する熱い思いを抱きながら、現状の家電業界の構造に限界を感じているならば、大手メーカー各社はスピンオフにより子会社を設立し、流通に支配されずにより良い家電をじっくりと作る体制を構築すべきである。そして、これら各子会社が(株)リアル・フリートも含め、共同で流通を再編していけば良い。自社商品だけを扱う代理店網を構築するのではなく、各社のデザイン家電を扱うセレクトショップとしていくのである。各社が独自の個性ある商品を作り、それを自信を持って消費者に選んでもらう体制が実現すれば、消費者はデザインに対する感度があがるだろう。大手メーカーは子会社であるデザイン家電メーカーにデザイン面での冒険をさせることで、消費者の嗜好を汲み上げることが可能となる。ここから得たエッセンスを、家電量販店向けの大量生産モデルに反映させて、生産・流通していけば良い。このような体制が出来上がれば、有能な工業デザイナーに対する需要が高まることから、建築や工業デザインを学んだ人々の活躍の場ができるだろう。デザイン家電市場での経験を積んだ彼らが、家電に留まらず家の中に関わる商品の全てをデザインし直していく。国内で市場が飽和すれば、海外に輸出していく。このようにすれば、日本にもものづくりの文化が生き続け、欧米に負けないデザインを海外に誇れる国家となるだろう。
受け手が成熟しない限り、日本におけるデザイン文化の向上は起こりえない、というのは簡単である。しかし、創り手が自信のあるものを作り、世に問い続けていかない限り、結局、受け手は変われない。現状の構造ではつくりたいものがつくれないならば、現在の主要市場ではないところにターゲットを求めていくべきである。市場に見合う規模の組織にすれば、十分にビジネスとして成り立つのであるから。
真に良いデザインには人の心を豊かにしてくれる機能がある。毎日目に触れる家電だからこそ、良いデザインのものが欲しい。毎日の生活を少しだけ楽しくしてくれるような家電が増えて、多くの人がデザインに対する認識を深め、結果として、日本のものづくりとデザインの文化が向上することを願ってやまない。日本の家電メーカーは世界でも最高水準の製造技術を培ってきた。だからこそ、今後とも世界に誇ることのできるものづくりの文化を生み出していって欲しいと願っている。
デザイナーの原研哉氏は、「デザインとは、ものづくりやコミュニケーションを通して自分たちの生きる世界をいきいきと認識することであり、優れた認識や発見は、生きて生活を営む人間としての喜びや誇りをもたらしてくれるはずだ」と言っている(原研哉、2003年)。また、筆者が敬愛するイタリアの工業デザイナー、エットレ・ソットサス氏は、「デザインすることは人間を幸せに居心地良くすることだ」という意味のことを述べている(佐藤和子、2001年)。どちらの言葉にも深い真実が宿っている。
参考文献
1.クレイトン・クリステンセン著(玉田俊平太監修/伊豆原弓訳)『イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社(2001年)
2.原研哉著『デザインのデザイン』岩波書店(2003年)
3.佐藤和子著『「時」を生きるイタリア・デザイン』TBSブリタニカ(2001年)
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。