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コラム「研究員のココロ」

「顧客志向の研究開発とは」-後編

2003年12月08日 浅川秀之


(3)顧客ニーズを明確にするためのアプローチ

 顧客ニーズを製品開発に結びつけるにはどうすればよいか、という事に対して2つのアプローチを紹介する。いずれも顧客ニーズに合致した製品を作り出す、という最終的な目標自体は同一であるが、その抽出の方法が一方は「提供者側(売り手)主体」で引き出す方法であり、これに対してもう一方は「顧客(買い手)側主体」という起点である。全く逆のアプローチを列挙、比較する点において興味深いと思われる。


●【アプローチ例1】ソリューションではなく「アウトカム」を引き出す

以下はAnthony W. Ulwick(2002年)の論文をまとめたものである。

 企業が顧客に対して「何がほしいか」と尋ね、これに対し顧客は「こんな商品がよい」「あんなサービスがよい」というかたちでソリューションを提案する。しかし、顧客がソリューションを提供してくれると当てにしてはいけない。本来ならばソリューション自体は開発部門がひねり出す重要な部分で、独自の優位性を生み出す源泉となる。顧客はその製品に関してエキスパートでもなければ情報通でもなく、1ユーザーに過ぎない。顧客の要求を鵜呑みにすると、単に追随製品を作成するだけに終わる。顧客は他メーカーのすでに備わっている特長を求める傾向が強く、独創的なソリューションを持っていることはごく稀である。

 顧客に対してはむしろアウトカムだけを尋ねるべきで、それを実現するためのソリューションを企業が生み出すことが製造業の本当の役割であり、これは次の5つのステップで実践できる。

◇アウトカム中心の顧客インタビューを計画する。
◇望ましいアウトカムを引き出す。
◇アウトカムを系統だててまとめる。
◇重要性と満足度でアウトカムを点数化する。
◇アウトカムを使ってイノベーションを推進する。

 アウトカムとは、インタビューで得られた顧客のニーズに関する発言から、あいまいな部分や無関係なコメントを取り除き、一連のステップの中で具体的な分析ができるよう発言を変形したものである。例えば医療用カテーテルに関するインタビューで「曲がりくねった血管内を素早く通過させるため」という発言があった場合、「曲がりくねった血管内を通過させる時間を最小限に抑えること」と変形して、これをアウトカムとして記述する。

 各ステップの詳細は原文(後述の参考文献参照のこと)を参照頂きたい。アウトカムとソリューションは明確に区別し、あいまいな発言やエピソード、その他無関係なコメントを取り除く。ポイントは、最終的に得られたアウトカムを系統立ててまとめ、そこからソリューションを引き出すことである。

 このような手順に従って顧客が何に価値を見出すかについてを理解することは、単にいきなりソリューションを提供して下さいと頼むよりも、はるかに実りの多い作業である。イノベーションのプロセスは、顧客が達成したいアウトカムは何であるかをインタビューし特定することから始まる。そしてそれらの情報をもとに、彼らが購入する製品を誕生させることで、プロセスは終了する。


●【アプローチ例2】CAI(Customers as Innovators)アプローチ

以下はStefan Thomke, Eric von Hippel(2002年)らの論文をまとめたものである。

 顧客ニーズに耳をかたむけ、それを満たすかそれ以上の製品を生み出す。非常に基本的なアプローチであるがこのごく基本的なアプローチを当たり前のごとく信じきってしまうと、企業の競争力が脅かされかねない場合がある。

 ひと昔前とは顧客ニーズの様相が大きく異なる。顧客ニーズそのものが多種多様であり、変化のスピードが速く、ワン・トゥ・ワン・マーケティングが主流になりつつある。このような状況のなかで、従来どおりのアプローチで顧客ニーズを探っていたのでは、これに対処するコストが大きく跳ね上がり、膨大な情報の整理に収集がつかなくなったりする危険性がある。また、結果が見えてきた頃には、当の顧客はさらに次の欲求ステージへと変化しており、見向きもしてくれない。

 近年、製品イノベーションを実現している一部の企業において、興味深いアプローチが選択されている。それは、「顧客がどのような製品を望んでいるのか正確に理解する努力をやめ、その代わり、顧客自らが製品を設計・開発できるツールを提供する」というものである。これを「CAIアプローチ(Customers as Innovators:顧客自身による製品開発イノベーション)」と呼ぶ。

  a 基盤製品開発→b 設計→c 試作(試作品)→d 試験(フィードバック)

というサイクルの中で、これまでは顧客と生産者側の接点は「cとd」の間にあり、dの感触によっては、またaやbにもどるといった試行錯誤を繰り返していた。しかしながら、CAIのアプローチでは、顧客と生産者側の接点は「aとb」の間になる。b~dの工程をパッケージ・ツール化してしまうことにより、 顧客ニーズは顧客自身によって満たされることになる。

◇ネスレなどに特殊香味料を提供しているブッシュ・ボーク・アレン(以下BBA)は、顧客中心で香味料が合成、開発できる仕組をつくり、それをBBAで生産できるツールを製作した。
◇GEはプラスチック製品を設計できるツールをウェブ経由で配布。
◇半導体分野において150億ドル超の規模に成長したカスタム・チップ市場を誕生させたのはこのアプローチにほかならない。
◇ゲート・アレー技術[FPGA(注2)など]のCAIツールは、顧客が施行錯誤しながら独自の試作品を作成できる環境を提供する。

 このようなケースは他にも多々ある。このように顧客をイノベーターに変えるための5つのステップを以下に示す。

◇顧客向けに使い勝手のよいCAIツールを開発する。
◇生産プロセスの柔軟性を高める。
◇ツールキットを最初に使う顧客を、厳選する。
◇ツールを迅速かつ継続的に改善し、第一線の顧客を満足させる。
◇新しいシフトに事業活動を適応させる。

 CAIアプローチのメリットとしては、顧客ニーズを詳しく理解するという、高コストで、しかも誤解しやすいステップを回避できること、製品開発中に必ず発生する試行錯誤をより効果的に処理できる、といったことが上げられる。逆にデメリットとしては、顧客向けに適切なツールを開発することは決して容易ではないこと、また、CAI導入により設計業務の多くが顧客側に移行した場合、当然のことながらこれに伴う根本的な業務プロセスを再構築しなくてはならない。また、前述の実例の多くは基本的にはBtoBのビジネスであるが、最近ではデル・コンピューターのように一般ユーザー向け(BtoC)のプロダクト・コンフィギュレーター(注3)を提供し、成功を収めているケースもある。

(注2)FPGA:Field Programmable Gate Arrayのこと。設計した回路を開発の現場ですぐにハードウェアとして実現できるIC。
(注3)パソコンを購入する際に、ユーザー自らがCPUやメモリ容量、ソフトウェアなどの構成を選択できるツールのこと。


(4)結び

 顧客ニーズに合致した商品をタイムリーにリリースする、という至ってシンプルかつ周知の命題を解決するアプローチは数多くあるが、それらを実際に実行し結果に結びつけることは非常に難しい。その理由としては以下のようなことが挙げられる。

◇対象となる顧客ニーズは多種多様で変化が非常に速い。
◇真の顧客ニーズが引き出せない(顧客の声を聞いたとしても、それが真のニーズとは限らない)。
◇多くの研究開発部門は内向的傾向にある。
◇技術やサービスに対する技術評価手法や市場予測手法などがあまり活用されていない。

 顧客ニーズを把握する手法の例として「提供者側(売り手)主体」で引き出す方法と、「顧客(買い手)側主体」で創り出す方法を取り上げた。全く視点の異なる2つのアプローチを比較し、イノベーションがどこで発生するかということに注目して以下私見を述べたい。

 アウトカム抽出アプローチは、インタビューから抽出されたアウトカムを系統だてて整理することにより、ソリューションそのものは提供者側(生産者側)が考え出す。つまりイノベーション起点は提供者側(生産者側)である。CAIアプローチは、顧客自らが製品を設計・開発できるツールを生産者側が提供することにより、イノベーションの起点を顧客側に転嫁することになる。

【図表】2つのアプローチの対比
【図表】2つのアプローチの対比
(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター作成

 一概にどちらのアプローチが優れているということを判断することは難しい。当該製品やサービスおよびそれらを展開する市場の状況などに鑑みた上で、適切なアプローチを選択することが重要であろう。勿論アプローチの仕方はこの2通りだけではない。

 近年よく耳にする「NIHシンドローム(注4)」という言葉が示すように、日本の製造業における研究開発部門は内向的であり、かつ外部との接触を持ちにくい傾向にある。自分達が開発した技術に固執しがちで、それが外部の市場においてどのようなアウトカムに起因し、必要とされているか、どのような顧客ニーズを満たすのか、というようなことを研究開発部門自らが積極的に調査・検討するといような体制が整っている企業は少ないと思われる。

(注4)NIHシンドローム:Not Invented Hereシンドロームのこと。「我々のところで発明されたものではない」とする考え方で、自社の研究開発結果だけに価値を認め、他からの技術、ノウハウを導入することを拒む傾向にあること。

 つまり、現段階では例にあげたような外部の情報を柔軟に取り込めるようなアプローチを適応できる土壌が日本の製造業企業にあるとは考えにくい。研究開発部門が自ら主導を取って顧客ニーズを把握する必要はないかもしれないが、どの部門で調査・検討するにせよ、少なくとも研究開発部門に情報ができるだけ早く伝達されるような何らかの仕組が必要であり、これが結果的に研究開発の効率性などに結びついていくことになる。


●参考文献
◇Anthony W. Ulwick、「真の顧客ニーズを製品開発に結びつける法」『Diamond Harvard Business Review』2002年5月:主にアプローチ例1の引用文献
◇Stefan Thomke, Eric von Hippel、「R&Dを顧客に転嫁する事業モデル」『Diamond Harvard Business Review』2002年7月:主にアプローチ例2の引用文献
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