JRIレビュー Vol.3, No.130
トランプ2.0 が変えるアメリカ -不均衡の是正が世界秩序に与える影響 わが国はどう向き合うべきか-
2025年12月26日 福田直之
2025年1月に発足した第2次トランプ政権は「アメリカを再び偉大に」のスローガンの下、貿易赤字是正と製造業の国内回帰を掲げ、友好国も例外としない全方位的な関税措置と同盟国への軍事費負担増の要求を強力に推進している。これまで専らアメリカが提供してきた市場と安全保障という国際公共財のコストを各国に分担させる姿勢は、トランプ氏の長年の経済ナショナリズムと政権幹部の思想に根ざしており、一過性ではなく今後の政権にも引き継がれる可能性が高い。
政権の対外圧力は、関税措置と軍事費増額要求の二本柱で構成される。そのうち関税措置は、三つに分類される。第一に、国際緊急経済権限法に基づく一律10%の基準関税と貿易赤字国への相互関税。第二に、通商拡大法232条による国家安全保障を理由とする品目別関税。第三に、外交・安全保障目的の国別追加関税。関税の狙いは貿易赤字是正にとどまらず、製造業の国内回帰と重要物資のサプライチェーン確保にあり、関税収入を減税財源とする構想も示されている。一方、軍事費については、NATOにGDP比5%への引き上げを要求して認めさせ、わが国にも圧力を強めている。
対外圧力の裏にあるのが、政権幹部が共有する経済ナショナリズムである。バンス副大統領は、ラストベルトの製造業衰退を身近に経験したことから労働者を重視し、ベッセント財務長官は、国際金融の専門家として不均衡是正を掲げつつ市場安定にも配慮する。ラトニック商務長官は、強硬派として関税政策を推進し、ナバロ上級顧問は、経済安全保障を国家安全保障と位置づける。ミランCEA委員長は、ドルの準備通貨機能が製造業空洞化を招いたと分析し、関税と通貨政策の組み合わせを提唱している。こうした考えにヘリテージ財団主導の「プロジェクト2025」など保守系シンクタンクが理論的基盤を提供し、行政国家の解体と産業基盤の再建を掲げて政権を外から支えている。この経済ナショナリズムは、アメリカ製造業の長期衰退と地域間・階層間の分断に根ざしている。とくにラストベルトでは、中国のWTO加盟後の安価な輸入品の流入により工場閉鎖と雇用喪失が深刻化し、地域経済が停滞した。こうした構造要因は一過性ではなく、学歴による支持基盤の分断やMAGA支持層の定着により、トランプ後も保護主義的政策は継続する可能性が高い。
一方、主流派経済学者は強い批判を展開している。スティグリッツ、クルーグマン、オブストフェルド各氏は、経常赤字は貯蓄-投資の恒等式で決まる以上、貿易赤字の問題は関税だけでは解決せず、持続的是正には財政再建が不可欠であることなどを指摘する。関税は消費者への価格転嫁を通じてインフレを引き起こし、政策の不確実性が企業投資を抑制し、スタグフレーションのリスクを高めると警告するが、議論は交わらない。
わが国は、2024年にアメリカが財の対日貿易赤字693.9億ドルを計上し、防衛費がGDP比1.4%にとどまるため、基本的に貿易・安全保障の両面でアメリカとの摩擦が生じやすい。わが国の戦略としては、関税による影響に応じて対米サプライチェーンを完成品輸出からアメリカ国内での最終組立体制へ一部移行し、上流工程を極力国内に集積することが重要である。同時に、CPTPP・日EUのEPAを活用して多角的な自由貿易ネットワークを拡充し、防衛費は効果を重視した日米共同開発・調達で相互運用性を確保すべきである。日米同盟と緊密な経済交流の維持を前提としながら、第2次トランプ政権下でのアメリカの変貌を直視し、その動向を踏まえて政策と企業行動を調整し、わが国の戦略的重要性を高めるべきである。
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