RIM 環太平洋ビジネス情報 Vol.25,No.97
インドの経済成長を支えるリテール金融の現状
2025年09月11日 熊谷章太郎
米中対立の激化を受けて世界経済が減速するなか、インドでは個人消費や住宅投資をけん引役に底堅い経済成長が続いている。内需が好調な一因としては、家計の金融機関からの借り入れが急増していることを指摘できる。そのため、リテール金融(個人や中小零細企業向けの小口の金融業務)を取り巻く環境を正しく把握することは、インド経済の現状と先行きを展望するうえで極めて重要である。
モディ政権が発足した2014年以降、生体認証技術を活用した国民ID制度の導入、スマートフォンの普及、金融サービスのデジタル化などを受けて、インド家計の金融サービスへのアクセス環境が大きく改善した。当初、デジタル金融サービスの利用は、政府補助金の受け取り、預金の口座間の送金、日常生活における支払いに限られていた。しかし、スマートフォンのみで審査が完結するサービスの導入や、AI(人工知能)を活用した審査コストの低下などを理由に、近年はローンにも広がっている。個人向け貸し出しの主導的な役割を担っているのは公営銀行を中心とする商業銀行であるが、近年は商業銀行よりも規制が緩く、低所得者向けの少額融資を積極的に手掛けるノンバンクの存在感が増しつつある。
金融機関の個人向け貸し出しの増加は、耐久財消費や住宅投資を通じて景気を押し上げる側面がある一方、景気悪化時に家計が債務不履行に陥るリスクを増大させる。インドのリテール金融を取り巻くリスクには、①天候要因、原油価格、先進国の金融政策など、外的な要因の影響を受けやすいという、インド経済の構造に起因するリスク、②経済・社会の一時的な混乱を伴う大幅な制度変更が時に実施される傾向が見られるという、政策変更に起因するリスク、③ノンバンクが資金調達を他の金融機関からの投融資に依存しているという、金融システムの構造に起因するリスク、などがある。そのため、外部環境や経済政策の変化をきっかけに一部の金融機関が経営難に陥り、その悪影響が広く経済・金融に波及するリスクには注意が必要である。
実体経済と金融経済の悪循環が発生するリスクの抑制に向けて、インド準備銀行は低所得者向けの少額融資を急増させるノンバンクを念頭に置いて、金融規制の厳格化を進めようとしている。一方で、金融機関の貸し出し増加ペースが鈍化するなかで一部の規制を緩和する動きも見られる。今後も、インド準備銀行は短期の景気拡大と中長期の経済・金融の安定性向上の間で難しいかじ取りを迫られる状況が続くと見込まれる。
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