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“地域×協同労働”が照らす企業人材の新しい評価軸

2025年06月10日 七澤安希子


 日本総研のある社員が、自社が主催するインターンシップを振り返ってこう語った。
「営利企業にいると自分は歯車の一つでしかないと感じることが多いが、協同労働(働く人が自ら出資をし、事業の運営に関わりつつ、事業に従事するという働き方)では自分がやったことが還元されるのが見えて素晴らしい。これからの人生をどう生きたいか、初めて考えました」

 彼女が訪れたのは、地域の協同労働団体が運営するコミュニティカフェの現場だった。長年、企業でシステム業務に携わってきた彼女は、これまで活動の効率性や合理性ばかりを重視していた。しかし現場の方との対話を通じて、「自分は何のために働くのか」「どうすれば地域のため、皆のためになるのか」「どのような形なら地域で永く続けられるか」といった問いを深く掘り下げている様子に心を打たれたという。

 私たちが進める「協同労働インターンシップ」は、企業人材が、普段の業務領域を越えて地域の協同労働団体と出会い、地域課題に触れる“越境的”な育成プログラムである。自治体や自社内での実証では、対話と観察を通じて参加者の内面に変化が起きる場面が多く見られた。たとえば、ある社員は、決められた業務の枠を超えて、地域課題を題材に自ら問いを立て、解決に向けて必要な社内メンバーを自発的に巻き込み、他部署を横断した提案を行った。また別の社員は、インターンシップ先で出会った地域課題を、自分が暮らす地域にも通じる“潜在的な課題”として捉え直し、地域活動への関心を新たにしていた。共通していたのは、“上から言われたから”ではなく、“自分が気になった問いだから”動き始めたという点である。こうした自律的な変化は、行政でも企業でも、「自分が変わった」という実感と共に語られていた。

 この背景には、「協同労働」という枠組みの特性がある。協同労働では、あらかじめ各個人の役割や成果が決まっているわけではない。何を課題と定義するか、誰が意思決定するかさえも、関係者全員でつくっていくプロセスそのものが目的である。その“不確かさ”が、参加者の受動的な姿勢を揺さぶり、「自分は何者か」「どんな貢献ができるか」を自らに問い直させるのだ。

 このような場に身を置いた人材のふるまいは、従来の評価指標では捉えづらい。論理的思考力や専門スキルでは測れない、「場に応じて意味をつくる力」「他者と共に問いを編み直す力」こそが、実はこれからの時代に求められる資質ではないか。ここに、人材評価の転換のヒントがあると考える。これまでの評価軸は、個人の能力や成果といった“静的な特性”に基づくものであった。だが、社会の変化に伴い異なる分野・地域・立場の人々と協働する機会が増える中で問われるのは、「一定の環境下で成果を出せるか」ではなく“変化への応答力”であり、「どのような場で、どんな役割を担えるのか」「どんな関係性の中で、価値を発揮できるのか」といった“環境との関係性”に根ざした動的な評価である。

 協同労働インターンシップは、人材の“社会との接点”を試す場であると同時に、企業にとっても人材の潜在的価値を再発見するための装置となるだろう。“社会を変える人材”は、どこかにいるのではなく、既に社内にいる。そういった人材の可能性を引き出す場をつくり続けていきたい。


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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