JRIレビュー Vol.7, No.125
病床が誘発する医療需要の検証と求められる対応策―都道府県パネルデータを用いた分析を踏まえてー
2025年05月13日 成瀬道紀
わが国は、人口当たり病床数が国際的にみて極めて多い。病床数が過剰だと、病院経営の観点から、①入院の必要性の低い患者を入院させる(新規入院発生率を高める)、②退院を遅らせる(平均在院日数を延ばす)ことにより、病床稼働率を高めようとするインセンティブが生じ得る。本稿では、①、②のような病床が誘発する入院医療の需要を「病床誘発需要」と呼ぶことにする。本年(2025年)は病床再編計画である地域医療構想の目標年に当たり、今まさに将来に向けた病床のあり方を議論すべきタイミングにあるが、実のある議論にするためには病床誘発需要の検証が不可欠である。
わが国の新規入院発生率は諸外国並みである一方、平均在院日数は治療用(急性期)病床に絞っても16日(全病床では28日)とOECD平均(7.7日)の約2倍に達する(2021年)。わが国独自の診療報酬制度が平均在院日数の長さに繋がっている可能性がある。わが国の急性期病床の診療報酬は、入院1日当たり包括払い制度であるDPC/PDPS(以下、DPC)または出来高払いの方式があり、病院が病棟単位でいずれかを選択する仕組みとなっている。いずれの方式も、在院日数が長いほど、入院1件当たりの診療報酬は高くなる。一方、アメリカで開発されその後各国に普及したDRGは、入院1件当たり包括払い制度であり、多くの国で強制適用されている。DRGでは、入院1件当たりの診療報酬は在院日数に左右されない。
病院の一般病床(医療法上の病床区分で主に急性期病床から成る)を対象に、2001年以降の都道府県パネルデータを用いて病床誘発需要を検証すると、人口当たり病床数が多いと、①新規入院発生率が高く、かつ、②平均在院日数が長い関係が有意に確認できる。ただし、①と②ではアウトカムへの影響が異なる。①新規入院発生率が高いと、男性の平均寿命や健康寿命が有意に長い関係があるのに対し、②平均在院日数が長くてもアウトカムを改善しない、あるいは、悪化を示唆する結果となった。長期の入院は、筋力の低下などむしろ健康状態の悪化に繋がるという医療現場からの声とも整合的な結果である。
以上の議論を踏まえると、平均在院日数の短縮が求められる。そのためには第1に、DPCをDRGに改めたうえで、一般病床に対してDRGを原則強制適用とする。これにより、平均在院日数は短縮され、病床稼働率が低下し、病床の削減・再編が進むと考えられる。その結果、医療費の抑制(一定の仮定を置くと年間約7,000億円)はもちろん、病床当たりの医療従事者数を手厚く配置できるようになり、医療の質向上と医療従事者の人手不足の緩和が期待される。第2に、患者が安心して早期退院できるよう、外来や在宅医療などの身近な医療であるプライマリ・ケアを強化し、地域の診療所が退院後の患者のサポートを行える体制を整備する。
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