オピニオン
中小企業の福利厚生サービスの定着にはデジタル化が必要
2025年05月12日 吉村早紀
調査の背景
少子高齢化に伴い、労働力人口が減少する中、企業が人材を確保し、定着させることは経営上、最も重要な課題となっている。他方、就職希望者が企業を選ぶ際に「福利厚生制度が整っていること」を重視している調査結果を鑑みると、企業が福利厚生制度を充実させることが人材確保・定着のための条件になってきていることがうかがえる。しかし、中小企業においてはあらゆるリソース不足により、必ずしも充実した福利厚生制度を整えることができないことから、大企業に比べてより人材確保・定着が困難になってきている。
上記を背景に、日本総研では「中小企業向け福利厚生サービスの実態等」について調査を行った。調査は、中小企業に対して福利厚生サービスを提供している一般社団法人全国中小企業勤労者福祉サービスセンター(以下、全福センター)をはじめ、全福センターの所属団体であるサービスセンターへ複数ヒアリングを行った。その結果、彼らは「中小企業における福利厚生制度の充実は、中小企業の活力創出に寄与し、さらには地域経済の活性化につながる」という認識の下事業を行っていることがわかったが、デジタル技術を活用できていないことによる課題も散見された。本稿においてはこれら調査を踏まえ、中小企業の福利厚生サービスの実態や効果、福利厚生サービスの定着に向けた課題、課題に対する有効な施策について好事例を交えながら解説したい。
中小企業の福利厚生サービスの実態
国は、福利厚生に関する中小企業と大企業との格差是正のため各自治体にサービスセンターの設立を働きかけ、中小企業の福祉の向上に努めてきた。全福センターは、中小企業の福利厚生の向上と雇用の安定を目指している全国の中小企業勤労者福祉サービスセンター・互助会・共済会をサポートするためさまざまな活動をしている団体であり、全国には全福センターの所属団体として約200カ所にサービスセンターがある。各地のサービスセンターは、中小企業で働く人々に対して福利厚生事業を展開しており、そのサービス内容は、慶弔共済をはじめ、通信教育費補助や旅行・レジャー割引といった自己啓発・余暇活動支援、健康診断補助などの健康管理まで総合的である。彼らは、このような福利厚生事業の展開により会員企業の「安心して働ける明るい職場づくり」をサポートし、企業の繁栄と雇用の安定、従業員のウェルビーイングの向上に寄与している。
中小企業の福利厚生の定着に向けた、福利厚生サービスの課題
社会の人口減少および労働力不足を背景に課題を抱えているのはサービスセンターも同様である。地域の人口減少による会員数の減少やサービスセンターの人手不足は彼らの事業継続を危うくする。また、利用者ニーズの変化に伴いサービス内容の見直しも必要になっている。とりわけ若年層はスマートフォン一つで何でも完結することが当たり前になっており、サービスの提供方法もスマートフォン経由の申し込みや決済などに対応していかなければ彼らのニーズには対応できない。サービスセンターは、会員数の維持・向上のためのサービス内容拡充や利便性向上、さらには事業継続のための業務効率向上といった課題への対応に迫られている。
上記課題を解決するための有効な施策
全福センターは、人口減少、デジタル化の進展といった社会の変化に対して、サービスセンターも福利厚生を通じて対応しなければならないという課題感を持っており、全国のサービスセンターに「新しい福利厚生事業」の提案を行っている。その中でDX、デジタル化の取り組みに関しても多くの情報発信をしており、サービスセンターのデジタル化の取り組みのサポートも行っている。今回の調査では全福センターのみならず各サービスセンターにも複数ヒアリングを行った。その中で多くの団体から課題感として挙がっていた各種申請、および会員証・クーポンのデジタル化の観点で、2団体を好事例として取り上げる。
一つ目は、長崎市勤労者サービスセンター(以下、長崎市SC)で、会員数は2024年12月時点で約9,350人である。2020年からデジタル申請システムの導入を行い、サービスの利便性の向上と職員の業務効率の向上に努めている。サービスの利便性という観点では、利用者がわざわざ窓口に足を運ばなくとも各種申請が可能になる点が挙げられ、システムの導入後は8割以上の会員がオンラインを利用、若年層のほとんどはオンラインを選択している。また、従来は申込書類の転記に多くの時間を要していたが、システム導入後はその作業が大幅に削減されている。
二つ目は、徳島勤労者福祉サービスセンター(以下、通称あわ~ず徳島)で、会員数は2024年10月時点で約16,500人に上る。社会環境や価値観の変化などに伴い、新しい「あわ~ず徳島」が求められており、会員数2万人での完全自立化と地域社会の活性化を目的に、2022年に『あわ~ず徳島アップデート基本構想』を策定し、サービス内容の拡充や利便性向上、従業員の生産性向上に向け、会員サービスのデジタル化を検討している。具体的には、島根県に拠点を置き、システム開発事業などを行う株式会社テクノプロジェクトと連携し、あわ~ず徳島のデジタル化に向けた勉強会の開催や業務・システム要件の整理、システム仕様書の作成を進めている。デジタル化の目玉としてはデジタル会員証とクーポンを導入し、スマートフォンさえあれば紙の会員証やクーポンをわざわざ持ち歩くことなく、いつでも割引指定店でサービスを受けることが出来るようにする。さらにデジタル化はサービスの利便性を高めるだけでなく、現在あわ~ず徳島の職員が行っている指定店や会員企業とのクーポンのやりとりに係る手間を大幅に削減できると見込んでいる。

●あわ~ず徳島デジタル会員証のイメージ 画像提供:徳島勤労者福祉サービスセンター
まとめ
今回の調査では、全国のサービスセンターのうち都市部あるいは地方部、会員数1万人以上あるいは以下等、属性の異なる計5団体にヒアリングを行った。その結果、各団体は会員数の維持・向上のために日々さまざまな取り組みをしていること、さらにはデジタル技術の活用に関する課題感を持っていることが伺えた。また、デジタル化により、サービスの質と利便性だけでなく、職員の業務効率も向上し、福利厚生サービスの活用が促進されることもわかった。デジタル化と言うと、お金も手間も掛かりそうで腰が重いと感じるかもしれないが、全福センターがさまざまなサポートを行っており、テクノプロジェクトのように各団体の要望や課題感に寄り添いサポートしてくれる企業もいる。全国のサービスセンターがデジタル化を進めていくことで会員数の維持・向上、ひいては中小企業の活力創出、地域経済活性化につながることを期待している。

●出所:日本総研
以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。