RIM 環太平洋ビジネス情報 Vol.25,No.96
変化する中国の一帯一路 ―「量から質への転換」の実像―
2025年05月13日 佐野淳也
習近平国家主席が2013年に提唱した一帯一路は当初、中国の封じ込めを目指すアメリカとの全面対決を避けながらも、経済協力を通じてユーラシア大陸における中国の影響力の拡大を図ろうとするものであった。そのため、習近平政権は①TPPに対抗し得る貿易圏の構築、②海外需要の取り込み、この二つの狙いの実現に向け、一帯一路をスタートさせた。
遅くとも2015年初めまでに、中国は一帯一路の量的拡大路線を積極的に進めるようになった。ところが、2010年代後半に中国経済の減速等を背景に、量的拡大路線が限界を迎えた。対外融資などの拡大継続が困難になり、「量から質への転換」を表明するに至った。現在の一帯一路は、中国主導の陣営・供給網の構築に向け、内外環境の変化に対応しながら質的な向上を進め、対外融資の減少に伴う影響力の低下を補おうとしている。
2023年に開催された第3回一帯一路国際協力サミットフォーラムで示された8項目の行動計画から分析すると、質的向上に注力している分野は、①重点国・地域の絞り込み、②職業教育・訓練を通じた親中化、③デジタル圏の拡大、④グリーン経済支援、の四つと考えられる。一帯一路の「量から質への転換」度合いを評価するには、四つの分野ごとに進捗状況を分析する必要がある。
質への転換を志向し始めた2018年を境目として関連統計指標を比較したところ、いくつかの傾向が明らかとなった。対外融資では実施額、約束額いずれにおいても規模が縮小した。それと同時に、対象国を絞り込んでいる姿が明らかとなった。そして、デジタルに関する沿線国との協力、「魯班工坊」と呼ばれる職業教育・訓練面の国際協力プロジェクトが、近年活発化している。
上記データなどを踏まえ、四つの分野の進捗状況を総合評価すると、重点国・地域の絞り込みと職業教育・訓練の2分野については、習近平国家主席の考え通りにおおむね進んでいると判断できる。新興国のつなぎ留めに適した外交活動、企業や政策銀行に対する政府のコントロール、被支援国のニーズとの合致が後押しとなった。半面、デジタル圏の拡大は一部を除けば芳しい進展とはいえない。グリーン経済支援も始まったばかりで、ほとんど進んでいない。その理由として、中国側と沿線の新興国との認識のずれ、米中対立に巻き込まれたくないという新興国の本音などが挙げられる。
先行きを展望すると、不良債権化の回避に加え、格差是正等の国内政策の優先実施、自国経済を取り巻く厳しい環境も勘案し、支援国の絞り込みは継続されるとみられる。デジタル圏の拡大とグリーン経済支援は中国政府の狙い通りに進まない可能性が高い。さらに、トランプ政権下で予測困難な外交環境に置かれるため、一帯一路の手綱さばきは一段と難しくなるだろう。
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