RIM 環太平洋ビジネス情報 Vol.25,No.96 中国「新質生産力」の行方 ―車載電池産業が示す新興産業育成策の功罪― 2025年05月13日 三浦有史中国は、電気自動車(EV)の中核部品である車載リチウムイオン電池(以下、車載電池)市場の規模で他国を圧倒し、2023年の世界需要の54.0%を占める。生産能力も実に世界の81.4%が中国に集中している。しかも、その87.8%が中国に本社がある企業、つまり地場企業によるものである。中国に生産能力が集中する理由としては、中央政府が補助金などの政策を動員することで市場を急速に拡大させる一方で、地域経済の活性化を図りたい地方政府が新興企業に出資したり、税制上の優遇措置を与えたりすることで巨額の投資を誘発する、という中国特有の新興産業育成策を指摘できる。世界の車載電池市場では、価格が安く、安全性と寿命にも優れるリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池が普及段階を迎えている。中国は、同電池の実装と量産化で欧米諸国に先行しており、世界の生産能力のほぼ100%を占める。中国の車載電池産業は、他を圧倒する競争力を有するものの、過剰生産能力の問題が一段と深刻化していることから、海外需要の取り込みを急いでおり、欧米諸国で直接投資や技術協力を通じた現地生産を進めている。欧州における現地生産は、欧州委員会(EC)の中国に対抗する地場企業を育成する計画が頓挫したことで、順調に進むとみられる。その一方、アメリカにおける現地生産は、第1次トランプ政権発足以降の嫌中感の高まりを受け、想定を上回る逆風にさらされている。中国の車載電池産業は、①不確定要素の多いトランプ大統領の対中政策、②欧米が進める重要鉱物の脱「中国依存」、③顕在化する過剰生産能力、といった問題に直面しており、必ずしも視界良好というわけではない。なかでも、過剰生産能力の問題が最も深刻といえる。車載電池を巡る技術開発には、①LFP電池、②ナトリウムイオン電池、③全固体電池にかかわる技術という三つの流れがある。中国は、LFP電池とナトリウムイオン電池で優位性を維持するものの、全固体電池では日本を追いかける位置にある。投資を起爆剤とする新興産業育成策には、世界をリードする企業を生み出すという功の部分と、産業を疲弊させるという罪の部分がある。投資効率の低下に象徴されるように、後者は急速に肥大化しており、中国は潜在成長率を下回る成長を余儀なくされる可能性がある。(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)