オピニオン
サーキュラーエコノミーに貢献する行動の促進に向けて
2025年04月22日 木通秀樹
世界人口の増加と新興国の発展に伴って資源消費は急増しており、今後40年でさらに倍増することが予想されている。また、これに伴う資源獲得競争の激化、大量に発生する廃棄物による海洋プラスチック問題などが深刻化している。これらは単線的な成長を志向する大量生産大量廃棄型の経済システムの問題であり、近年ではこれらを持続可能な循環型の経済システム=サーキュラーエコノミーへ転換する政策の導入がEUを起点として世界で加速している。こうした政策トレンドの中で、筆者らはEV電池を対象に、「EV電池スマートユース協議会」(以下、「協議会」)を立ち上げ、ユーザー起点でサーキュラーエコノミーを発展させる仕組みの実現に取り組んでいる。
協議会では、サーキュラーエコノミーによる新たな市場を創出するための各種の基準や指標の検討を行うとともに、各種のモデル事業の立上げを進めている。その中でも注力する活動の一つに、ユーザーの行動がサーキュラーエコノミーの実現にどの程度貢献したかを測る尺度の構築がある。サーキュラーエコノミーの分野では、カーボンクレジットのCO2削減トン数のような、ユーザーの環境配慮行動を評価する明確な尺度がなく、それゆえにユーザーの行動変革を促す効果的なインセンティブを提供する施策が生まれにくい。そこで、協議会では、利用者の貢献量の尺度となる「循環貢献指標」の策定に取り組むこととしたのである。
資源循環への貢献を測る尺度は、①製品側、②供給側、③利用側の3つに分類される。
①は、製品そのものが長持ちし、再利用や分解がしやすく、エネルギー消費が少なく、情報開示がされているなど、製品がどこまでエコに配慮したデザインなのかの程度を測る尺度である。この尺度を定義する取組みとして、EUにおいて2024年7月に施行された新エコデザイン規則が挙げられる。個別要件の採択はこれからであるが、要件を満たせば資源循環に貢献する製品としてEUの認定を受けることができるようになる。
②は、製品を製造する企業やそのサプライチェーンが、素材、エネルギー、水などの資源をどの程度循環利用しているかを測る尺度である。この尺度に相当するものに、ISO(国際標準化機構)の「サーキュラーエコノミー規格」(TC323)がある。ISO/TC323では、システムの循環性を評価する「サーキュラリティ」の設計が進められている。
③は、製品をなるべく長く効率的に利用し、中古品なども積極的に利用するなど、利用者がどれだけ資源循環に資する行動をしているかを測る尺度だが、これに相当するものはいまだ確立されていない。そこで、協議会では、この③の尺度、つまり利用者による資源循環への貢献量を定量的に測る尺度として「循環貢献指標」を開発するための検討を進めている。
利用側にアプローチするのは、サーキュラーエコノミーの実現には、受動的な「消費者」を能動的・主体的な「利用者」に変えることが不可欠になるからだ。現在の市場構造では、利用者は供給側たる企業の製品やサービスを買って利用するだけの受動的な存在になってしまっている。例えば、スマートフォンであれば、電池は2年程度で劣化するが、電池の交換ができない仕様になっているため、2年程度で製品自体を買い直すことを余儀なくされている。これは明らかに不合理だ。サーキュラーエコノミーの観点からは、利用者は消費をするだけの受動的な存在ではなく、製品の長期・効率的利用、中古利用、リユース・再生利用など、資源と製品の使用価値を最大化し、循環を促すための行動をする能動的・主体的な利用者になることが求められる。
ただし、この場合、利用者には中古品や再生品利用への不安が生じるようになる。それは、大抵の利用者は、中古品等に関する個別情報や価値判断の手立てを持っておらず、積極的に情報を探すにも煩雑な作業が必要となるからである。そこで必要になるのが、利用者の不安と煩雑さを解消する徹底した情報共有と価値評価等を簡易に行う機能、および、行動へと背中を押すインセンティブの設計などである。この要となるのが、「循環貢献指標」である。
かつてものが乏しかった時代は、できるだけ長持ちさせるよう、利用者が自ら修理したり、使い方を工夫したりすることが当たり前に行われていた。能動的で主体的な利用者の姿がそこにはあった。単なる消費ではない利用の文化があった。しかし、今では、製品が個別用途に最適化され、製造者の責任を明確にする観点からも、利用者が手を加えたり、修理を行ったりすることが難しくなっている。欧米では、こうした問題に対処するため、利用者の「修理する権利」を法制化するなど、利用者が能動的・主体的に製品の長期利用、再生利用に関与できるようにする動きが活発化している。
協議会が目指すのも、能動的・主体的な利用者を増やし、長期利用・再生利用が当たり前になる利用の文化を再創造することだ。まずは、利用者の行動を変革するための「循環貢献指標」の整備を通じて、サーキュラーエコノミーへの転換に求められる仕組みの構築に貢献していきたい。
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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。