オピニオン
「子どもが声を聴かれる」社会へ② 堀江由美子氏ご講演より
2025年04月03日 村上芽
日本総研が2024年10月に設立した「子どもの権利とビジネス研究会」(株式会社イオンファンタジー、ソフトバンク株式会社が参画)では、企業のサービスと子どもの権利との関係を研究の題材とした。その過程で、研究会のアドバイザーである堀江由美子氏(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのアドボカシー部長)より、日本国内における子どもの権利の浸透状況や、産業界が留意すべき点、子どもの声を聴くことの実践などについてご講演いただいた。本稿はその要点をまとめたものである(文責は日本総研にある)。
【子どもの権利について】
セーブ・ザ・チルドレンは、すべての子どもの権利の実現を目指して100年以上活動する子ども支援専門の国際NGOである。堀江氏の所属するアドボカシー部門では、主に国や自治体に対して政策や改善化、仕組みづくりを提言している。国内での提言活動を行うなかから、特に意識すべきこととして以下の点を指摘した。
●人権は誰にもある。子どもは成長・発達途中にあるが、成長途中でも、一人の人間としての権利の主体となる
●子どもの権利条約を批准した日本を含む国は、子どもに対して権利を保障する義務がある。また、子どもは権利の主体として権利が保障されるように国に対して要求し、子どもに関わる決定に参加することができる
●国と子どもの関係性は、子どもの権利実現の上で非常に重要である。子どもの権利が守られていない場合は、家族など大人たちが子どもの権利が守られる仕組みを整えることを求めることができる。また、子どもを取り巻く教育委員会や児童相談所、企業、メディアなどの大人は、それぞれの立場に応じて子どもたちを守り支える責任がある
【子どもを取り巻く日本の動き】
日本では、2023年4月に「こども基本法」の施行、こども家庭庁の発足、12月の「こども大綱」閣議決定、2024年5月にはこども大綱に基づいた具体的なアクションプランである「こどもまんなか実行計画2024」が決定された。これらの画期的なポイントとして、以下の点が挙げられた。
●①子どもの権利条約を基盤として4つの一般原則を掲げている点、②国及び地方自治体に対して子どもの意見を反映させるために必要な措置を取るように義務付けている点、③こども基本法と子どもの権利条約について周知・啓発を行うとしている点
●こども大綱では、子ども・若者の意見反映・社会参画がなぜ重要か、その意義として①意見を聴くことにより施策がより実効性のあるものになる、②自分の意見が聴かれ、自らによって社会に何かしらの影響をもたらす経験が自己肯定感や自己有効感、社会の一員としての主体性を高め、ひいては民主主義の担い手の育成に資すると説明されている。そのためには、子ども・若者が安心して意見を述べることのできる場を作り、意見を持つための様々なサポートを行い参画の機会を保障することが重要。子どもの権利条約の考え方でも、子どもの意見表明はそれ自体が権利であるとともに、その他の子どもの権利を実現し、子どもたちに力を与える手段でもあると捉えられている
【子どもと企業】
セーブ・ザ・チルドレンは、ユニセフ、国連グローバル・コンパクトとともに、2012年に「子どもの権利とビジネス原則(CRBP)」を策定した。この原則は、子どもの権利とビジネスの接点を考える上での重要な原則として世界で普及している。
●CRBPは国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」の流れをくんで、そこに子どもの権利の視点を補完するために作られた。2014年に日本語版を発表
●CRBPの特徴として、子どもの権利を尊重し負の影響を無くすとともに権利を推進するための自発的な行動の両輪で後押ししている点がある
●原則1「子どもの権利への取り組み」が中心にあり、残る9つの原則が子どもやその親を取り巻く「職場環境」、「市場」、「コミュニティと環境」の3分野に分かれて子どもの権利と企業の関係性を包括的に捉えている
●2020年10月に日本で日本版「ビジネスと人権」に関する行動計画が発表されている。行動計画の中に、「子どもの権利の保護・推進」という項目が設けられており、具体的な措置として児童労働の撤廃や子どもに対する暴力撤廃などとともに、子どもの権利とビジネス原則の周知・啓発が含まれている
・2022年9月に日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を発表。その中の人権の負の影響の評価にあたり、脆弱な立場に置かれやすいステークホルダーとして子どもが挙げられている
【子どもと広告・マーケティング】
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンとグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンは、「子どもに影響のある広告およびマーケティングに関するガイドライン」を2016年に発表し、インターネット広告の影響が飛躍的に増えている状況を踏まえて、「2023年増補版」を2023年3月に発表した。これについて次のように補足された。
●子どもはその発達の特性上、広告というものを客観的に分析して判断する力が限られており、影響をダイレクトに受けやすく、年齢に応じた配慮が必要となる
●日本には、子どもを対象とした広告・マーケティングに関する法律や規制がなく、子どもに対する広告表現上の配慮は業界ごとの自主規制を通じて行われており、その力は限定的
●インターネット広告の具体的なリスクとして①広告手法がますます高度化・複雑化しており、広告であることの明示がされることなく巧みに含まれており、子どもが広告と理解しないまま契約や個人情報提供、課金、定期購入が発生するリスクがある。また②外見上のコンプレックスや仲間外れにされるといった危機感を煽る広告や差別的・過度に性的な表現の広告が、自己肯定感の低下、ステレオタイプや差別意識、商業主義的な価値観を植え付けるリスクがある
●リスクに対する留意点は2016年のガイドラインでも記載されているが、特にインターネット上では同じ広告が何度も繰り返し表示され、表現上問題があるものも散見される。大人以上に子どもにとって深刻な影響を与えると考えられる
【子どもの声を聴き、対話する実践】
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンでは、こども家庭庁発足前の2022年に「子ども・ユースキャラバン」として子どもと政策決定者の意見交換のイベントを4カ所の地方都市で開催した。
●毎回30名程度の10~18歳の子ども、国会議員や地方議員、こども家庭庁設立準備室の職員や行政の担当者が参加し、まずはこども家庭庁について学んだ。その後、日々の困りごとや釈然としないこと、どのような環境が子どもにとって声を上げやすい環境か、子ども政策に対する期待などについてグループで意見交換を実施
●子どもたちは、初めは緊張した様子であったものの、政策を作る大人が真剣に声を聴いてくれていると分かると、自分の考えや意見を率直に話す様子がみられた
2023年9月には、「広げよう!子どもの権利条約キャンペーン」による「子どもメガホンプロジェクト」で「全国子どもアンケート」を実施した。
●子どもの心と体に関する社会問題について、子どもの意見を聴きながら、子どもと大人が一緒になって解決したほうが良いか尋ねたところ、多くの子どもがそれを望んでいた。大人だけで決めつけたり、解決したりするのではなく、当事者である子どもの意見を聴いてほしいという多くの声が寄せられた
セーブ・ザ・チルドレンではグローバルな活動でも子どもや若者の意見を聴く取り組みを行っている。2022年に世界41カ国の子ども54,500人に対して、気候危機と不平等に関するキャンペーンGeneration Hopeとしてインタビューやアンケートを実施した。
●日本においてもこれと連動して、約1,000人の15~18歳の子どもを対象にアンケートを行った。気候変動と経済的不平等の両方もしくはどちらかが自分の周りや日本に影響を与えていると回答した子どもは75%に上っており、世界全体の35%よりも高い結果であった。一方で既に行動を起こしていると回答した子どもは15%と世界全体より低かったものの、始めてみたいと考える子どもが4割近く存在した。
●こうした意見を受け、子どもが気候危機や自分の権利について様々な方法で意見表明をする機会を作ってきた(2021年の気候変動に関するアートコンテスト、2023年・2024年の気候変動に関する世界のリーダーへのメッセージ募集と会議での発信など)
●紛争下の子どもの状況に関心のある子どももいる。国際協力に関するアンケート調査では日本として国際協力を進めるべきだと賛同した人は、大人よりも15~18歳までの子どもの方が多いという結果が出ている。また、イスラエル、パレスチナの紛争については二人に一人の子どもが市民を紛争に巻き込むことに対して反対している。国の政策や戦略を決定する際に、こうした子どもを含む市民の意見を考慮して欲しいと考える
●こうした子どもの参加の取り組みが一過性で終わることなく継続的に社会に根付くように、意義のある子どもの参加のサイクルを提案している。
▶まず子どもに分かりやすい情報提供を行い、子ども自身が自らの意見を形成できるようにサポートすることが不可欠。そのうえで、子どもが安心して意見表明をしやすい場を作り、子どもの意見をどのように受け止めどのように反映したのか、反映できない場合でもその理由や背景を伝えフィードバックを行うというサイクル
▶子どもに向かって「なんでも自由に意見を言ってね」と言いがちであるが、本当に意見を言う環境が作れているか、大人と子どもの間には無意識に非常に大きな力関係の差が存在することを大人側が意識することが大変重要である
▶また、子どもの参加においては、子どもの最善の利益と安全の最優先が求められる。子どもの参加には、子どもの尊厳を傷つけてしまうこと、大人による子どもに対する圧力や、子ども間、大人と子どもとの間での対人摩擦やメディアによるバッシング、大人の都合を優先した形だけの参加などのリスクがある。様々なリスクが伴うことを理解して、子どもが安心・安全な環境で、自由で主体的な意見表明が出来るように留意が必要
▶セーブ・ザ・チルドレンで作成した「子ども参加のための9つの基本的要件~意味のある、倫理的な子どもの参加のために」は子ども参加において守られるべき基本的な要件である。自治体向けには「安心安全な子ども参加のための実践事例集」を作成
●2023年12月に子どもの権利について学べるウェブサイト「こどものケンリ」を公開。楽しく子どもの権利に触れて学んでもらえるようにやさしい表現で解説しているほか、学校や地域の活動でも活用できるアクティビティ教材も掲載している
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。