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大学入試プロセスと子どもの権利

2025年03月11日 村上芽


 2025年4月入学に向けた大学入試シーズンが終わろうとしている。大学入試を巡っては、2025年1月の共通テストから「新教育課程」対応が始まり、「情報」が初めて科目として導入されるなどの変化があった。2026年1月実施分では、これまで高校が取りまとめていた出願手続きが電子化され、個人個人が出願するという、地味ながら事務的には大きな変化が予定されている。一方で、共通テストの「自己採点」や、受験料の支払い問題など、長年変化のない部分もある。

 本稿では、国公立大学を中心に、大学入試のプロセスを「子どもの権利」の視点からみたときの課題を整理し、個別の解決ポイントと、全体を通じて必要な国の機能について提案したい。「子どもの権利」の視点とは、子どもの権利条約(日本も批准済)の4原則であり、こども基本法の基本理念でもある、①差別のないこと②子どもにとって最もよいこと③命を守られ成長できること④子どもが意味のある参加ができることの4つである。子どもの定義は国際的には「18歳以下」で、日本では大学入試までに18歳を迎える人も多いが、こども基本法では年齢で区切っておらず、高校生を「子ども」とすることは社会通念上一般的であることから、大学受験生を「子ども」として論じる。以下、具体的なイメージのために2025年に実施された試験の日付を使って記述する。

① 差別のないこと
 子どもまたはその保護者の、人種・肌の色・性別・言語・宗教・政治的意見・出身・財産・心身障害・出生の地位等にかかわらず、教育を受ける機会が与えられているかと言えば、いまだ課題はある。親の財力による格差はその一つである。
 まず、共通テストには検定料(3教科以上18,000円、2教科以下12,000円)を支払う必要がある。東日本大震災の被災者向けに限定して免除措置が取られたことがあるが、恒久的ではない。
 次に大学別に実施される二次試験(前期試験、後期試験)あるいは学校推薦等の試験においては、国立大の場合1回17,000円である。仮に同じ大学に3回出願したとしても、3回分の検定料が必要である。前期試験は主に2月25日、後期試験は3月12日だが、両者の出願期間は同じ2月初旬であるため、仮に前期に合格して(発表は3月7日)後期を受験しない場合でも、出願していれば検定料は返還されない。
 受験生が出願すれば、大学側には受理コストが発生するため、検定料が返還されないことには一理がある。しかし、「出願→試験→発表」の日程を見直し、前期の結果が確定した後に後期の出願を行うことについては検討の余地があるはずだ。インターネット出願により印刷事務や郵送コストを大幅に受験生側に移している以上、大学側は浮いたコストを子ども(受験生)の利益のために投じるべきである。

② 子どもにとって最もよいこと
 子どもにとって最もよいこととは、子どもに関係のあることを大人側が行う場合には、子どもの最善の利益を考慮すべき、という意味である。
 少子化の進展とともに各大学は受験生集めを熱心に行うが、発信する情報をもとに居住地から遠方の大学を希望する子どもにとっては、受験のための移動や宿泊も大きな負担になってくる。二次試験の実施時期は大学の学期中でもあることから、宿泊に学生寮を使うことはできず、宿泊施設を自ら探す必要がある。
 国公立大学でも一部では、試験会場を現地以外に設けることはあるが、私大に比べるとほとんどゼロに等しい。それも含めた選択だと割り切るとしても、18歳が初めて1人でホテルに泊まるケースも想定でき、安全面でホテルと大学が連携するなどの取り組みがあってもよい。実際に、面接時間が大幅に延びたために、当日中に帰宅することができず、やむなく自力で連泊した高校生もいる。
 子どもの最善の利益には様々な側面が考えられるが、熱心に募集するなら、魅力を感じてやって来る子どもの安全確保までを想像するのは大人の1つの責任である。

③ 命を守られ成長できること
 原則の3つ目では、医療、福祉、教育などのサービスを享受できることが想定されている。大学の存在が子どもの発達に寄与することを前提として、大学入試のプロセスが、果たして子どもの成長・発達に貢献しているかを考えると、「負の影響」も無視できない。というのは、日本の教育システムは、国連子どもの権利委員会からも「過度に競争的」と指摘されている。出願してから受験するまでの数か月間だけのことではなく、早ければ小学生の頃から特定の大学や学部を目指せと教えられて育つ子どももいる。幼い頃から同じ学年の子は友人というよりもライバルと扱ってしまい人間関係をうまく築けなかったり、成績が伸びないことがストレスになったり、勉強時間が長時間になって視力を低下させたりするなど、場合によっては「合格」という報酬対比、大きすぎる代償が生まれることもある。海外の例と安易に比較すべきではないが、「大学には入りやすいが、出にくい」というスタイルの国もある。今後、少子化がさらに進む日本においては、昔のように「成績でふるいにかける」必要が薄れ、全体を底上げすることの意義が高まる。現時点では様々な種類の推薦入試がでてきており試行錯誤段階ともいえる。個人レベルに加え社会全体でみた「発達」を意識する必要がある。

④ 子どもが意味のある参加ができること
 原則の4つ目は、②と同様に子どもが自分に関係のあることについて、しっかり自分の意見を聴いてもらえる、ということをいう。大学入試で子どもが自分の意思を表明する最も重要なことは、「どの大学を受けるか」という点である。
 筆者は、共通テストの自己採点の仕組みは、この重要な意思表明を支えるどころか、むしろ足を引っ張っていると考える。共通テスト、及びセンター試験の時代から、受験生は本番のテストを受けながら、自分がマークした回答を問題用紙にメモして持ち帰り、学校や予備校の助けを得て自己採点し、その結果をもとにおおよその自分の位置を知る。その想定結果をもとに、二次試験の出願先を決めるわけだ。
 ただ、自己採点の結果はほとんど正しくないのが実情だそうだ。30年以上高校教師をしている人によれば正しく把握できる生徒が人数ベースで10%程度。点数ベースでは科目によっては10%以上の乖離が生まれるという。大学側で入試の採点経験のある元教授からは、「あきらかにマークシートの行ずれを起こしたような、おかしな点をもって二次試験を出してしまう生徒もいる」という話も聞かれる。それが起こってしまうと二次試験での逆転は厳しく、不合格が事前に見えている。自分の点数を正しく把握できていれば防げる事態のはずである。ところが現場からは「困った仕組みなのですが変わらない」というあきらめの声しか聞こえてこない。
 1月18・19日に実施した共通テストの点数がいつ確定するかは開示されていない。しかし、前期試験より前に、共通テストの結果をもって入試判定を行う私大はある。私大側から、大学入試センターに照会するから可能になる仕組みである(大学入試センターの予算では、成績提供手数料としてセンターの収入に計上されている)。受験生には、「共通テストを受けてあとは待つだけ」といった便利な入試であることがPRされるが、「結果が出ている」点に注目すれば主客が逆転してはいないだろうか。
 受験生にとって、自分の得たスコアは自分の意思決定に関わる重要な基礎情報だ。それがはっきりとわからないのに二次試験の出願を求められ、しかも①で述べたように受けないかもしれない検定料を支払うスケジュールになっており、複数の意味で子どもの立場からの制度設計ではなく試験をする側の都合が優先されているといえる。なお、現状、検定料に800円追加で支払えば、4月1日以降に実際の自分の点数が開示される。この合計値はセンターの予算に3.35億円の収入として計上されている。このような収支を続けるよりも、1月中に受験生に結果をフィードバックする仕組みを構築すべきだと考える。

 大学入試センターの業務内容の1つが「大学入学者選抜方法の改善に関する調査研究」である。今後の改善に向けては、当事者の声を集めることが欠かせないが、そのインフラとして欠かせないのが苦情受付の窓口である。センターは総合案内と志願者問い合わせ専用の2つの電話番号を開示しているが、「問い合わせ」というよりも、困りごとを感じる人の声を「聴く姿勢」が重要だと考える。苦情を受け付け、その原因を是正していくことは、組織がステークホルダーの人権尊重を行う際に欠かせないメカニズムである。
 加えて、企業が社外に相談の窓口を設置するように、センターとは独立した立場で子どもの声を聴く機関があれば、相談する方もより安心して話ができるようになる。「自己採点」に対して現場がずっと抱えている課題は、国レベルでの子どもの権利の独立監視機関がもしも日本にあれば、そこで調査することができたとも考えられる。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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