「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律」(スマート農業技術活用促進法)が令和6年10月1日に施行された。
農林水産省では、「この法律は、農業者の減少等の農業を取り巻く環境の変化に対応して、農業の生産性の向上を図るため、『スマート農業技術の活用及びこれと併せて行う農産物の新たな生産の方式の導入に関する計画(生産方式革新実施計画)』と『スマート農業技術等の開発及びその成果の普及に関する計画(開発供給実施計画)』の2つの認定制度を設けるものであり、認定を受けた農業者や事業者は金融等の支援措置を受けることができます。』としている(※1)。
以前の「機械化」に加えITや領域横断的な技術を組み合わせたスマート農業という言葉が公式に用いられたのは平成25年の農林水産省「スマート農業の実現に向けた研究会」と言われる。それから10年以上が経過し、徐々にスマート農業へのシフトは進んできているものの、農業全体としてはまだまだ取り組み余地が多く残っている。一方で耕作放棄地の増加や担い手の減少は待ったなしの状況で、スマート農業の普及を加速する必要がある。スマート農業技術活用促進法はそうした問題意識に応えるものだが、では具体的にどのような枠組み・体制でどんな点に留意して計画づくりを行えばよいのだろうか。今回、日本総研では業界の中でスマート農業に関し先進的な取り組みを進めているプロフェッショナルとの対話を通じてテーマ別に検討を行った。
第1回は「スマート農業技術を使いこなす人材育成」というテーマを設定した。日本における施設園芸のスマート化の草分け的な企業で、環境制御型施設の設計・施工や就農者・栽培管理者育成の事業に取り組む株式会社誠和 田中祥章氏と対話した。
<対話者 プロフィール>
株式会社誠和 田中祥章(たなか よしのり)氏
同社商品開発部教育事業課長。同社の教育事業「誠和プラザ」において、学校形式の誠和アカデミー、要望に合わせて研修メニューを提供するオーダーメイド型研修、その他にも出前講座や求職者支援訓練など幅広い教育・研修を実施。
科学的な栽培理論や技術を体系化し、応用力のあるスマート農業人材の育成に努めている。自治体など外部への研修・講演多数。
山本:「スマート農業」という言葉はここ10年程度で広がったものですが、貴社はそのはるか以前から自動カーテンを始めとする環境制御機器をデータ解析に基づいて駆動させる取り組みをされており、日本における施設園芸のスマート化の歴史とともに歩んできた企業と認識しています。そうした歴史をご覧になってきた田中さんの視点で、近年の施設園芸におけるスマート化の特徴や、この先にどのような技術実装や機能の充実化が進むと考えておられますか。
田中(敬称略):スマート化の特徴として大きく2点あり、栽培の向上に寄与するものと省力化に寄与するものがあると考えています。どの業界もそうですが、農業でもこの先は労働力の確保についての問題が顕著になると思われるため、労務効率の向上や省力化につながる技術の充実化が進むのではないかと思います。
我々はこれまで個人の試行錯誤に依存していた園芸施設の環境コントロールを効率化し、省力化や収量あたりの労務効率向上を実現するスマート化の取り組みとして、2011年に普及をスタートした環境モニタリング装置「プロファインダー」を中心に各地で環境制御やデータ活用の勉強会を幾度となく開催してきました。生産者の皆さんからは最初は難しい、わからないという声も出るのですが、粘り強く勉強会を実施していくとご自身の中で理解が深まり、関心が高まってきます。経験則ではなく実証された理論とデータに基づいた技術ですので、どの地域、どの園芸施設でも応用がききます。そうした普遍性のある技術の実装が進むと考えています。
山本:普及性の高いスマート農業の技術とは、特定の地域や施設でのみ実証されたものではなく、植物生理や環境制御技術、栽培技術の理論的原則に基づいて地域や施設ごとにアレンジできる要素が必要だということですね。併せて、そうした技術のポテンシャルを引き出すためには、生産者も単にAIやソフトウェアの指示に盲目的に従うだけでなく、技術を使いこなすための理論的原則の理解、知識や応用力が必要だということですね。これまで農業では「見て盗む、体で覚える」とベテラン農家から弟子に特定固有の技術を伝承されるイメージがありましたが、これからの農業人材育成はどう変わっていくでしょうか。
田中:農業の世界では『見て盗む、体で覚える』という職人芸に通ずる要素は少なからずあると思います。ただ、勘と経験も重要ですが、それだけでは立派な栽培管理者となるまでに多くの時間を必要とします。そこにスマート農業やデータ活用の技術が加わることで、熟練の域に達するための時間を大幅に削減することができると思っています。我々は2016年に自社の園芸施設「トマトパーク」を設置し、単なるショールームではなく次世代を担う農家を育てるためのアカデミーとして運営をスタートしました。以来、データ活用ができる施設園芸のスペシャリストの育成に努めており、トマトパークや各地の生産者施設で蓄積したデータやノウハウを理論に照らして組み立てた座学と実践の複合による教育プログラムを実施しています。1~2年のプログラムで未経験者でも栽培の理論的原則の理解と応用力を備えた栽培管理者に成長します。ベテランの生産者にも匹敵する人材で、自営就農だけではなく各地の農業法人に管理者として就職するケースも増えています。一定の基礎知識のある各地の農業改良普及員の方々や農業大学校で学んでいる方であれば、数日間の研修を実施することで、ある程度の標準的なデータ活用力を身に付けて頂くこともできます。
山本:スマート農業の技術を使いこなす人材育成は特定個人のノウハウに任せるのではなく、理論を学びながら実践できる機会が重要だということですね。最後に、これから各地でスマート農業技術活用促進法による計画策定・運用の動きが活発化すると思いますが、地域の関係者に対するアドバイスがあればお願いします。
田中:地域におけるスマート農業普及の鍵は関係者が一体になって取り組むことだと考えています。地域内の生産者がばらばらに取り組むと、各自が持つ特定施設の環境下のデータしか活用できず、技術のポテンシャルが発揮されるまで何年もかかることがあります。やはり地域ごとに行政機関、メーカー、生産者団体が一緒になって課題解決のための取り組みを検討・計画し実施することが重要ではないかと考えています。特に全国各地の大規模施設園芸では現場での試行錯誤により経験が蓄積されレベルが上がっているので、行政にはその技術を生産者に横展開していくための支援事業を推し進めていただきたいと思います。スマート農業技術活用産地支援事業はその枠組みとして有意義なのではないでしょうか。
山本:生産者がデータを共有し、早期に効果を高めていくための枠組みづくりが重要だということですね。投資効率という意味でも大事な点だと思います。これまで各地でスマート農業の導入は点としてはあっても面になかなかできていなかったところが課題ですが、技術を使いこなせる人材育成とセットで地域ごとに取り組むことで面を形づくることができそうです。大変参考になりました。本日はありがとうございました。
(※1) 農林水産省HP「スマート農業技術活用促進法について」
