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アジア・マンスリー 2025年2月号

第二次トランプ政権下の米印経済関係

2025年01月28日 熊谷章太郎


米中対立が激しさを増すなか、米国はインドとの経済関係を強化しようとしているが、双方の保護主義への傾斜やインドのビジネス環境の未整備が障害となる可能性がある。

■米国の対印政策の基本方針は不変
第二次トランプ政権の発足が各国にどのような影響を与えるかが注目を集めている。世界経済・政治におけるプレゼンスを着実に高めるインドへの影響を見ると、今回の政権交代が米印経済関係の大きな方向性に与える影響は限定的と判断される。その理由は、米中対立が一段と激しさを増すなか、中国を巡る安全保障上の利害関係が一致するインドとの関係を強化することが米国にとって重要である、という認識は前政権から変わらないためである。また、インドにとっても貿易、投資、援助において重要なパートナーである米国と良好な関係を維持することは引き続き課題である。

両国は 2020 年に締結した「包括的グローバルパートナーシップ」や2023~24年に開催された「iCET(米印重要新興技術イニシアチブ)会合」などで打ち出された方針に沿って、エレクトロニクス産業、デジタル産業、クリーンエネルギー産業などの重点分野における経済関係の拡大を目指すと見込まれる。

当面の間は、携帯電話がインドの米国向け輸出拡大のけん引役になり続ける公算が大きい。インドの米国向けの携帯電話の輸出額は過去数年で急増したが、米国は依然として携帯電話の約5割を中国から輸入しており、インドが中国の米国向け輸出を代替する余地が大きく残されている。トランプ政権は中国に対する最恵国待遇を撤回し、現在は必要不可欠な商品の中国からの輸入を段階的に停止する方針を示しており、EMS(電子機器受託製造)大手企業は、中国からの米国向け輸出環境の悪化を見越して、生産拠点のインドシフトを進めている。

同様の動きは、パソコン、タブレット端末、蓄電池など、米国の輸入額が大きく、かつ中国への依存度の高いエレクトロニクス製品や、東南アジアを経由した米国への迂回輸出が指摘されている太陽光パネルなどに広がっていく可能性がある。これらはインドにとっても中国への輸入依存度が高い品目であり、インド政府も国産化の重要品目と位置付けている。

とくに米国の輸入金額が大きいパソコンとタブレット製品を巡る動きを見ると、HPやDellのほか、台湾のASUS、中国のレノボなどを含め各社がインドでの生産拡大を計画している。2023 年 11 月、インド政府はこれらの企業を含む約 30 社を、基準年からの生産額の増加額に応じて補助金を給付するPLIスキーム(生産連動型優遇措置)の対象企業として承認した。また、国内で使用するパソコンやタブレット端末について、輸入から国内生産への切り替えを促進すべく、IT機器の輸入規制を近く導入することを計画していると報じられている。携帯電話と同様、国内生産に対する補助金給付と輸入規制の厳格化の組み合わせにより、国産化が加速するか否かが注目を集めている。

■米印経済関係拡大の制約要因
米国とインドが目指す方向性は概ね一致しているものの、以下の二つの要因が二国間の経済関係発展を制約する可能性には留意が必要である。

第1の制約要因は、米国の保護主義である。前述のように、米国の中国からの輸入厳格化は、中国以外の国・地域への生産シフトを促す。しかし、トランプ氏は、中国以外の国・地域からの輸入に対しても一律に関税を10%以上引き上げる方針を示しており、米国における輸入コストの上昇に伴う購買力の低下は、インドを含め各国の対米輸出に下押し圧力をもたらす。また、第一次トランプ政権下で、米印双方が関税を引き上げるとともに、互いの関税引き上げを巡ってWTO(国際貿易機関)に提訴したことや、当時の米印通商対立の一因となった米国の対印貿易赤字が拡大傾向にあることなどを踏まえると、米国の輸入関税の引き上げをきっかけに米印間でも通商対立が生じる可能性は否定できない。

さらに、米国の移民受け入れの厳格化も、デジタル関連産業を中心に米印経済拡大の制約要因となる。トランプ氏は不法移民の取り締まりの強化のみならず、合法移民や定住者の受け入れ拡大に対しても慎重姿勢を示しており、各種ビザの申請料の大幅引き上げや審査要件の厳格化などの措置が講じられる可能性がある。インドへの影響が特に大きいのは、インド人がビザ発給数の約8割を占めている高度人材向けの「H-1B」ビザの発給動向である。第一次トランプ政権下の同ビザの発給動向を振り返ると、2018 年にかけて同ビザの却下率が急上昇し、米国で勤務するインド人高度人材の増加に歯止めが掛かった。

第2の制約要因は、インドのビジネス環境の未整備である。インドは中長期的に底堅い成長が期待できる有望市場であるが、同時に様々な問題も有している。

注目を集めるエレクトロニクス産業についてみると、同産業の持続的な発展に不可欠な電力、水、人材を中心に、ソフト・ハードともにインフラは整備の途上にある。電力についてみると、比較的電力インフラが整備されている州の工業団地でも瞬低・瞬停が頻発しており、電力インフラの未整備は半導体産業をはじめ「質の高い」電力を必要とする産業を発展させるうえで制約要因となっている。水についてみると、河川や地下水の汚染に伴う半導体製品の洗浄に必要な「超純水」の製造コストの高さや、先行き深刻な水不足に陥るリスクが解消されていない。人材については、エレクトロニクス産業で即戦力となり得る人材が限られていることに加え、①一定規模以上の工場に対する厳格な解雇規制の適用、②一部の州の州内雇用義務、③州ごとに異なる複雑な労働法制、などが産業や州を跨ぐ円滑な労働移動を阻害する。

また、インドの零細小売業の保護に向けた小売業やEC(電子商取引)に対する厳しい外資規制の継続や、知的財産権制度の整備の遅れなども、米国のサービス業やR&D(研究開発)の対印投資を制約し、先行き米印間で通商対立が再燃する一因となり得る。

これらを背景に、グローバル企業が、インドよりもビジネス環境が良好で中国・ASEAN間のFTAの利用が可能なASEAN諸国を中国に代わる米国向け輸出の拠点として積極的に活用する場合、サプライチェーン再編のインドへの恩恵は限られることになる。

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