コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

農林水産業×素材産業地域での「カーボンサイクル素材産業」の実現 山形県酒田・庄内地域での先行モデル構築の可能性と意義

2025年01月28日 福山篤史


 2050年のカーボンニュートラル実現に向け、CO2の主要な発生源である、石油への依存脱却が求められている。石油に依存しないということは、石油を原料につくられるプラスチック、合成繊維、合成肥料といった素材も使えなくなるということだ。しかし、これらの素材抜きに現代生活を営むことは、少なくとも当面は難しい。では、どうするか。素材の原料を石油に頼らず、地域に眠る農林水産由来のバイオマスや、工場等から排出されるCO2に切り替えてゆけばよい。そうなれば、地域で必要な素材は地域で調達できるようになる。地域内で炭素循環を可能にする産業構造がつくれるのである。
 このような産業構造が成立するには、炭素資源(バイオマス・CO2)を供給する事業があり、それら炭素資源を原料として素材を製造・販売する事業があり、さらにその素材を購入して利用する事業と、利用後の廃棄バイオマスや大気中に放出されたCO2を次なる資源として利用する事業があって、これらが一繋ぎのサプライチェーンを形成する必要がある。当社では、これら一連の事業を総称して「カーボンサイクル素材産業」と呼び、その産業としての成立を目指している(注)
 カーボンサイクル素材産業の実現には、農林水産業と素材産業の密な連携が必要不可欠だ。カーボンサイクル素材産業では、農林水産業から生じるバイオマスと、発電所や工場等から排出されるCO2を資源として、農林水産業で利用する飼料・肥料・餌料、素材産業で利用する燃料・樹脂・コンクリート等の素材を生み出すことで、農林水産業と素材産業が相互に資源を供給し合う関係を築く。したがって、農林水産業地帯と素材産業地帯が隣接する「農林水産業×素材産業地域」こそ、カーボンサイクル素材産業に適していると言える。そして、農林水産業と素材産業の地域から、カーボンサイクル素材産業の地域へ転換することは、資源の自立と新規産業の創出を通じて、地域の経済と社会の活力を呼び覚ます起爆剤となるだろう。

 こうした問題意識から、当社は、「農林水産業×素材産業地域におけるカーボンサイクル素材産業モデルの構築」を目指し、複数の企業、地方公共団体、国立大学法人京都大学・京大オリジナル株式会社(京都大学の事業子会社)とともに、2023年9月にカーボンサイクルイノベーションコンソーシアムを設立した。全国各地の「農林水産業×素材産業地域」の方々と対話を重ねる中で、我々の思いやコンセプトに共感した、山形県酒田・庄内地域と宮城県石巻・岩沼地域の企業や地方公共団体と共に、検討を進めてきた。本稿では、特に山形県酒田・庄内地域においてカーボンサイクル素材産業の先行モデルを構築する意義を論じたい。(本稿では、酒田市・鶴岡市・庄内町・遊佐町・三川町を含む、庄内平野を中心に広がる地域を「山形県酒田・庄内地域」と呼ぶ。)

 山形県酒田・庄内地域は、江戸時代から北前船交易の要衝として栄え、多様な文化や技術を受け入れながら発展してきた歴史を持つ。この繁栄を支えたのが「三十六人衆」と呼ばれる廻船問屋や豪商たちであり、彼らは自治的に町政を司り、商業都市としての基盤を築いた。その根底には、庄内藩校で採用された「徂徠学」の教育思想にある「自学自習の精神」や「他者との共存共栄を重んじる文化」がある。今なおこの地域には「新しいものを受け入れ、自分たちの力で育て上げる」という精神が息づいていることを、地元の方々と会話するたび実感させられる。
 こうした歴史的背景を土台に、酒田・庄内地域は、時代の潮流に合わせて形を変えながら産業を発展させてきた。2003年に酒田港はリサイクルポートに指定され、廃自動車や遊技機器などのリサイクル事業が広がったほか、臨海工業団地を中心に、日用品、電子機器、化学品の製造業が集積している。2018年には東北最大級のバイオマス発電所が稼働するとともに、風力発電や太陽光発電施設も整備されるなど、現在は再生可能エネルギーの拠点としての役割を担っている。さらには、洋上風力発電の促進区域・有望な区域として、遊佐町沖・酒田市沖がそれぞれ選定され、洋上風力由来のグリーン電力の供給も見込まれている。
 資源の面では、この地域は、庄内平野の農業・畜産業由来のバイオマスに恵まれている。県産の森林資源を活用したバイオマス発電所が排出するCO2もある。他方、産業の面では、この地域には、東北有数のコンクリート二次製品製造拠点が立地し、そこではCO2固定コンクリート二次製品の事業化に向けた検討が進むほか、農業分野では園芸施設や植物工場もあり、既存産業を基盤にCO2需要は十分に見込まれる。中長期的には、CO2を資源とする化学品・燃料製造拠点をつくることも視野に入っており、発展性も十分だ。
 このように、酒田・庄内地域は「新しいものを受け入れ、それを自分たちの力で育て上げる」精神が息づき、地域の自然に由来するバイオマスやCO2という資源と、カーボンサイクルと親和性の高い産業・インフラが整っている。これらを最大限に生かしながら新しい産業創出への挑戦を続けることで、全国に先駆けたカーボンサイクル素材産業への移行を実現していくことができるだろう。さらに、酒田・庄内地域での実践は、全国に広がる農林水産業×素材産業地域の先行モデルを構築するための取組でもある。確かに、酒田・庄内地域は、カーボンサイクル素材産業の成立条件が整っているが、酒田・庄内地域でなければできないということはない。農林水産業由来のバイオマスは地域毎に種類や量に差はあれど、多くの地域で調達可能であり、CO2も全国各地にある発電所や工場等から排出されている。このように循環利用がなされるのを待つ炭素資源は、この列島の至るところに存在する。我々日本総研は、全国の民間企業や地方公共団体との連携の下、カーボンサイクル素材産業の全国展開を図ってまいりたい。

(注)経済産業省はCO2を原料に素材を生み出すことを「カーボンリサイクル」と表現しているが、当社ではCO2のみならずバイオマスも原料としていることに加え、地域全体の炭素循環の実現を目指すべきとの思いから「カーボンサイクル」と表現している。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ