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「個人カーボンアカウント」構想 ~個人の脱炭素行動を促進し 2050 目標実現へ~

2024年09月01日 王婷


個人の脱炭素行動の促進が世界的課題に
 世界のCO2排出量の約3分の2が、家庭の消費活動に関わるものとされる。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、2050年までに人々が自分の消費とライフスタイルを改善すれば、需要側が排出するCO2の40~70%を削減できるとの試算が示された。
 そうした中、個人の脱炭素行動を促進することが、グローバル的に注目される課題となっている。2024年4月にEuropean Strategy and Policy Analysis System (ESPAS)が公表した報告書「Global Trends to 2040」では、重要テーマの一つとして「個人割当量取引」を取り上げ、増え続ける個人のCO2排出の抑制策として検討することを提言した。日本でも、環境省をはじめ、金融機関、民間事業者などが消費者の脱炭素行動の変容を促すために、消費に伴うCO2排出量の見える化などの取り組みを開始している。ただ、これらの施策はいずれも実証段階あるいは検討中で、広く定着していない状況にある。

個人カーボンアカウントとは
 個人が日常生活で排出するCO2データには、零細・小規模・散在という特徴があるため、データ分析、定量化やクレジット化が難しい。例えば、前述の個人割当量取引は、2000年代初期、欧米を中心に検討されたが、コストと効率の問題で実現が難しいとされてきた。しかし、今年ESPASから再提起されたように、IoTやブロックチェーンなどデジタル技術が発達したことで、個人割当量取引をはじめ、個人が排出するCO2のデータの活用が現実的なものとなってきている。
 そこで、米国、欧州、中国などでいち早く取り組まれているのが、ビッグデータやIOT、ブロックチェーンなどの技術を駆使し、消費ごとに個人のCO2排出量を記録し定量化する「個人カーボンアカウント」である。例えば、スマートフォンのアプリに消費ごとのCO2削減量を記録し、削減量に応じて商品やサービスなど特典と交換できる炭素ポイントが付与される使い方が考えられる。また、個人が排出したCO2量を自ら購入する、個人の排出量オフセットという仕組みも活用できる。
 個人カーボンアカウントの特徴は、デジタル技術およびプラットフォーム運営事業者の存在を生かした仕組みにある。個人の消費行動データの記録、効果の算定、インセンティブの仕組みはすべてプラットフォーム運営事業者が構築し、運営する。そのため、個人排出量取引という複雑な仕組みを理解できなくても、アプリにアクセスすれば気軽に、自身のCO2排出状況を把握し、特典との交換や個人排出量オフセットができるのである。

個人カーボンアカウントを起点とする制度構築
 個人の努力で削減されたCO2を市場で取引できる仕組みの構築も重要である。既にCO2削減量の算定方法論が整備された中国の一部の事業者では、CO2削減量をクレジット化し、地方排出量取引市場での取引の実証を開始している。
 日本には、個人のCO2削減量クレジット化を取引する枠組みがまだ存在せず、これから構築できるまでには時間がかかる。そこで、民間と政府が協力して、民間主導の自主削減取引イニシアチブを構築することから始めたい。これは、民間主導で、グリーン商品やサービスを提供する事業者、または個人脱炭素行動を支援したい事業者を募り、政府機関やCO2取引関連機関と連携して行うものである。
 参画する企業は、個人CO2削減量クレジットを購入して自社のオフセットに利用することができる。また、イニシアチブ内におけるデータ採集や分析管理、CO2削減量算定などのルールを策定することで、参画する企業同士での取引も可能となる。さらに、自社のグリーン商品やサービスを宣伝、拡販できる仕組みに発展させることも考えられる。
 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、今後、個人の脱炭素化促進に関する取り組みが世界各国で加速していくはずである。各国の制度づくりを参考しつつ、日本独自の政策を構築し、いち早く実行していくことが、日本の2050目標の実現のために不可欠である。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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