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アジア・マンスリー 2024年12月号

「トランプ2.0」で強まる中国への逆風

2024年11月28日 野木森稔


関税引き上げなどで逆風が強まる中国とは対照的に、その他アジアは生産移転などの追い風を受ける。もっとも、米国トランプ次期政権の政策は予測不能であり、アジア全体の景気が悪化するリスクもある。

1.停滞する中国と「漁夫の利」を狙うその他アジア
(1)2024年は中国を除きおおむね好景気
2024年のアジア景気は、中国と中国以外のアジア各国・地域(その他アジア)で明暗が分かれる展開となった。中国景気は厳しい局面が続いている。年初は、コロナ禍で低迷した国内観光や外食が回復したほか、電気自動車(EV)など新エネルギー関連の輸出が大きく増加したが、年後半の景気は減速し、不動産市場の不振や消費マインドの低迷が内需を下押しした。

中国と対照的に、その他アジアの景気は引き続き回復した。その背景として、①IT関連輸出の回復、②生産移転の加速、③インフレ圧力の緩和が挙げられる。世界的にAI関連の半導体や電気製品の需要が増加しているほか、関連の設備投資も好調であり、アジア地域のIT関連輸出が増加している。脱中国依存の流れが強まるなか、ベトナムや台湾を中心に生産移転が進んでいることも、輸出を押し上げている。各国・地域のインフレ圧力も収束しつつあり、足元のインフレ率はおおむねコロナ禍前の水準に低下している。家計の購買力は回復し、消費を後押ししている。

2024年のアジア全体の成長率は+5.4%と、2023年の+5.4%から伸びは横ばいになる見込みである。7月時点の予想(同+5.3%)からは小幅ながら上方修正となる。IT関連産業に強みを持つ台湾の成長率を+4.1%(7月時点の見通し:+3.6%)、マレーシアを+5.3%(同+4.5%)と、それぞれ上方修正した。インドネシアは+5.0%、インドは+7.8%と7月時点の予測から変更はない。両国とも、景気は底堅く推移し、想定通りの伸びになるとみている。一方、中国では年後半に景気対策が打ち出され、2024年通年の成長率は+4.8%(同+4.7%)とかろうじて政府目標(+5%前後)を達成するものの、前年(+5.2%)から減速するとみられる。

(2)トランプ再選で中国景気はさらに厳しい展開に
2025年は、米国のトランプ次期政権による通商政策がアジア景気に大きく影響を及ぼすと考えられる。中国とその他アジアの景気格差は、さらに拡大する見込みである。トランプ氏はかねてより関税引き上げを中心に過激な政策の実施を公言している。2017~21年の政権1期目と同様に、関税をカードにした対外交渉スタンスをとると考えられる。とくに中国に対しては強硬姿勢を示し、関税を切り札に通商交渉を優位に進めようとする可能性が高い。

米国がトランプ氏の公約通り対中関税を 60%に引き上げた場合、中国経済は強い下押し圧力を受けると予想される。試算によると、中国の実質 GDP 成長率は▲1.0%ポイント下押しされ、その下押し幅は米国(▲0.3%ポイント)や世界平均(▲0.2%ポイント)を大きく上回る見通しである。その結果、米国の輸入に占める中国のシェアは10%前後と、2015 年の21.5%から急低下すると試算される。一方、その他アジアでは、米国向けの迂回輸出や代替輸出、中国からの生産拠点の移転を通じて、成長率が上押しされる見通しである。対中関税の引き上げによって、ベトナムの実質 GDP成長率 は+2.1%ポイント押し上げられるほか、台湾(+0.5%ポイント)、タイ(+0.3%ポイント)、マレーシア(+0.2%ポイント)で成長率は上振れると予想される。多国籍企業は昨今の米中対立を受けて、代替的な生産拠点としてその他アジアを選択する傾向がある。すでに、米国の輸入に占めるその他アジアのシェアは上昇しているが、対中関税の引き上げでその傾向が一段と強まると見込まれる。

中国では、景気不振を受けて、政府が積極的な景気対策を打ち出した。2024年7月末の中央政治局会議では、内需拡大に重点を置くことが強調され、景気支援策を拡大することが示唆された。9月には中国人民銀行(中央銀行)が幅広い金融緩和措置と不動産市場の支援策を発表した。

もっとも、こうした対策の規模は小さく、景気の本格回復には至らない見込みである。新エネルギー車の買い替えといった消費刺激策も小粒にとどまっている。11月に地方政府の債務借り換えプログラムが公表され、10兆元もの大規模な予算が組まれたが、その内容は融資平台などの「隠れ債務」を地方政府債に振り替えるものであり、景気への直接的なインパクトは小さい。地方政府債は融資平台の債務よりも金利が低いため、利払いが節約される効果(5年間で約6,000億元)があるが、それによる投資や消費の押し上げは限定的である。

以上の点を考慮し、2025年のアジア経済全体の成長率は前年比+5.0%と、2024年から減速すると予想する。これは、インドの成長率が巡航速度に戻ることが影響しており、コロナ禍からの回復で+8%前後に達した反動が生じる。さらに、中国経済が減速し、2025年の成長率は+4.6%、2026年には+4.4%へ低下すると予想する。一方、生産移転による景気押し上げ効果によって、2025年に台湾(+3.0%)やマレーシア(+5.0%)がコロナ禍前並みの高成長を達成すると見込む。

2.中国経済の下振れと「トランプ2.0」の悪影響拡大がリスク
2025年のアジア景気は、中国の停滞と、「漁夫の利」によるその他アジアの好調、をメインシナリオとしている。こうしたシナリオに対するリスクとして、中国経済の大幅な下振れや「トランプ2.0」による悪影響拡大が挙げられる。

(1)中国経済の下振れ:不動産市場の調整や過当な競争に要警戒
中国では、構造問題の深刻化で経済が加速度的に悪化するリスクがある。2025年3月の全人代で追加的な財政出動が打ち出される可能性があるものの、その経済への効果は米国による対中政策に起因する悪影響を部分的に相殺するにとどまる見込みである。一方で、すでに進行している不動産市場の調整や消費の不振が一段と深刻化するようであれば、中国経済が悪化し、アジア全体の景気にもその悪影響が波及する可能性が高まる。

中国の不動産市場では、深い調整局面が続いている。過剰な住宅供給がその根本にあり、住宅投資の落ち込みには歯止めがかかっていない。それを受けて、中国政府は2024年5月に住宅在庫の処理策を発表した。これは、地方政府が住宅在庫を買い取り、低所得者向けの住宅に転換することを骨子としており、中国人民銀行は3,000億元の貸出を実施する。しかし、そもそも資金の規模が小さいうえ、住宅在庫を買い取っても販売の際に損失が膨らむ可能性が高いことから、地方政府は買い取りに消極的である。そのため、住宅在庫の買い取り実績は増えておらず、今後も大きな成果は期待できそうにない。不動産市場の調整が長引く場合、関連企業と金融機関の経営が悪化し、金融仲介機能の低下や金融市場の動揺を招く恐れがあり、経済と金融の相乗作用で中国経済が深刻な打撃を受けるリスクがある。

中国では家計の消費手控えも深刻化しており、デフレ傾向が強まっている。中国国内の価格競争が厳しくなっていることから、中国企業は輸出に活路を見出しており、これが世界に向けた「デフレの輸出」につながっている。中国政府が新エネルギー関連製品などの戦略分野で世界シェア拡大を目論んでいることもそれに拍車をかけている。こうした中国企業の輸出攻勢に対し、先進国では批判の声が広がっており、中国は幅広い国・地域との貿易摩擦に直面している。

中国では、国内消費が停滞を続けるなか、中国企業は自ら仕掛けた価格競争のなかで消耗戦を強いられ、企業倒産も増えている。今後、外需の取り込みが難しくなれば、企業倒産が加速し、景気が急速に悪化する恐れがある。

(2)「トランプ2.0」は中国以外のアジアに悪影響も
米国のトランプ次期政権の政策が中国だけでなく、アジア全体の経済を悪化させるリスクにも注意が必要である。そのルートは、①為替市場の不安定化、②経済制裁、③中国依存の高まり、を通じたものである。

第1に、為替市場の不安定化が挙げられる。トランプ次期大統領が掲げる政策の多くはインフレを招くとみられ、米FRBによる利下げは早晩打ち止めとなる可能性がある。米国で金利が高止まる場合、アジア諸国の金融資本市場から資金が流出し、通貨の下落圧力が強まる見込みである。前回のトランプ就任時には、インドネシア、インド、フィリピンなど、経常収支赤字など金融面で対外的な脆弱性を抱える国の通貨が急落した。アジア諸国の中央銀行は、通貨の動きを金融政策の判断材料とする傾向が強く、通貨の動きが不安定化する場合、利下げを躊躇する可能性が高い。とくに、政策金利が経済実勢比高めであるフィリピン、韓国、インドネシアでは、金利高止まりが景気を強く下押しする可能性がある。逆に、政策金利が実勢比低位にあるベトナムでは、通貨の下落で利上げが実施される可能性がある。

第2に、米国による経済制裁が挙げられる。その他アジアでは、米国に対する貿易黒字が拡大している。トランプ氏がこれを問題視し、制裁関税を課す可能性がある。実際、同氏は、世界すべての輸入品に一律10~20% の関税を課す「ユニバーサル・ベースライン関税」の導入を示唆している。バイデン政権は「フレンド・ショアリング」を提唱し、IPEFなどの枠組みを活用しつつ、友好国と供給網を再編する意思を示していた。すなわち、バイデン政権はその他アジアを明確に友好国と位置付けていたが、トランプ氏は2国間取引を重視し、多国間の枠組みを嫌う。トランプ次期政権はIPEFを離脱し、生産移転の動きに水を差す可能性が高い。しかも、11月に公表された米財務省為替報告書では、多くのアジアの国・地域(日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム)が為替操作の監視リストに入った。こうした点から米国は中国以外にも圧力を強める恐れがある。

第3に、中国依存の強まりが挙げられる。米国が「アメリカ・ファースト」を強化すると、ASEANやインドなどのアジア諸国は中国依存を強めざるを得ないと考えられる。タイやインドネシアでは、すでに中国EVメーカーの投資受け入れを積極化している。今後、米国企業からの積極的な投資が望めなくなる場合、その代わりに中国資本の受け入れを一段と積極化する可能性がある。インドでも、製造業の強化に向けて、中国からの投資を受け入れるべきとの声が強まっている。ASEANやインドが中国依存を強めると、中国に対し経済安全保障上に懸念を強める米国をはじめとする先進諸国との摩擦も強まると予想される。また、ASEANでは、EVをはじめとする様々な財の中国シェアが拡大している。中国がいわゆる「経済の戦略化(Economic Statecraft)」を用いて、地政学的な脅威を高めている点には注意が必要である。

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