オピニオン
若手とのコミュニケーションと当事者意識の伝え方
2024年10月22日 七澤安希子
「感動して涙が出そうです」。若手社員との面談で言われたこの言葉は、私にとって驚きであった。なぜなら普段通りに話していただけだからだ。ではなぜ若手はそう感じたのだろうか。他者とのコミュニケーションの在り方が私と若手とでは異なるのではないか。その点を考えるため、まず自分自身の若手時代を振り返りながら、現在の働く環境の違いを通してコミュニケーションの在り方を考察していきたい。
まず、働く環境の違いについて触れたい。私の若手時代、つまり十数年前には、対面でのコミュニケーションが当たり前であり、同僚や上司との日常的な会話を通じて、自然に相互理解が深まり、人間関係が構築されていった。しかし、今の若手社員は、リモートワークの普及に伴い、対面でのコミュニケーションの機会が減少している。その結果、相互理解を深める機会が限られ、人間関係の構築に対して精神的な負担を感じているように見受けられる。このような環境の変化が、コミュニケーションに対する若手社員の反応に影響を与えているのではないかと考える。
更に、私が所属する部署のミッションであるインキュベーション活動を通じて培ったコミュニケーション方法も、若手からの「感動して涙が出そう」と感じさせる要因の一つかもしれない。私は学生生活を終えてすぐに創発戦略センターに入社した。創発戦略センターは、創設当初から他社との協働を通じて、新しい事業やマーケットを創出し、社会課題の解決に寄与することを目指している。このようなインキュベーション活動では、目的に向かって不確実性の高い状況の中でも、試行錯誤を重ねて前向きに事業の芽を育てていくことが求められるのである。この活動を通じて私は、「企投する」という行動原理を学んだ。これは「ありたい未来に向け、自分ごととして率先して行動する」ことを意味する。この行動原理に基づいた議論は、単なる問題解決にとどまらず、未来に向けての積極的なステップを生み出すものだ。このような前向きで建設的な議論に、私は多くのワクワク感を覚えてきた。
なぜ私はワクワクしたのか。3つの理由がある。
1. インキュベーション活動のメンバー一人ひとりがシンクタンカーでありながら事業者の視点に立ち、当事者意識を持って発言していたこと。
2. 互いの主張を肯定的に捉え、それが当社や社会にとって意味があると価値付けし、行動の動機を引き出す議論ができていたこと。
3. 議論の内容が実際の行動に繋がるよう、行動を起こすための最初の一歩に対する具体的なアドバイスが共有されていたこと。
特に1つ目の当事者意識を持った発言は、信頼関係の基礎を築く上で重要だと考えている。言葉には責任が伴い、言行一致が求められる場面が多くある。これは、相手との信頼関係を築く上で欠かせない要素であり、私自身がコミュニケーションを行う際に強く意識してきたことである。
こうしたインキュベーション活動を通じて体験した、前向きなコミュニケーションの方法を、若手との面談でも自然に取り入れてきた。今の若手にとっては、まだ相互理解が進んでいない段階で私がこうしたコミュニケーションを展開することが驚きとして映るのかもしれない。これが冒頭の「感動して涙が出そうです」という言葉に繋がったのではないだろうか。この反応がポジティブなものであることを考えると、私のコミュニケーションのアプローチは、若手にとって新鮮であり、何かしらの価値を提供できているのではと感じている。
若手とコミュニケーションを取るうえで私が重要と考えるのは、議題が何であっても、まずは自分が当事者意識を持ち続けることである。これは、特定のプロジェクトや部署に限った話ではなく、どのような組織や環境でも通じる普遍的な価値ではないだろうか。それにより、お互いが責任をもって自分の意見を表明し、前向きな姿勢で対話を重ねるきっかけができ、相互理解は自然と深まっていく。このような対話を通じて信頼が生まれれば、結果的に個人はもちろん、組織全体としての成長や新しい発見に繋がる。リモートワークやデジタルツールの普及によって、対面の機会が減少している今だからこそ、意識的にこうした前向きなコミュニケーションを行うことが、若手社員が成長する環境づくりにおいて不可欠なのではないだろうか。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。