オピニオン
身近なインフラにもブロックチェーンが活用される未来 “DePINの可能性”
2024年10月22日 水嶋輝元
日本において“Web3”という言葉は2021年頃に一度流行りを見せたが、その後世間の期待はChatGPTに代表されるAIブームに取って代わられ、具体的にマスアダプションするサービスが登場しないまま一種のバズワードになってしまったように見える。しかしその間にグローバルの暗号資産市場では、過去数年において投資と投機が急増するような特定テーマが複数誕生していた。本稿ではそのテーマの一つであるDePIN(ディーピン、Decentralized Physical Infrastructure Network(分散型物理インフラネットワーク)の略)を紹介したい。
DePINは、ブロックチェーン技術を活用してインフラを構築・管理する新しい分散型のネットワークだ。簡単に言い換えると、個人や企業が自らのリソースをネットワークに提供し、それを利用者と共有することで生み出される新たなサービスである。
例えばUberは個人が車両と運転技術というリソースをネットワークに提供し、それに対して利用者がネットワーク管理費用も含めてコストを支払うことで成り立つサービスで、DePINもこの構造に似ている。ただし、明確に異なるのがブロックチェーンを活用することで、トークンによるインセンティブを用いたネットワークを作ろうとしていることだ。DePINは2024年以降のWeb3における新たなトレンドになると筆者は感じている。
具体的な事例として2024年に米国で大型の資金調達を達成した2つのプロジェクトを紹介する。一つ目はデジタルリソースを扱う例として、個人や企業のPCで余らせてしまっているGPU処理能力を統合・集約してAI(人工知能)・ML(機械学習)分野の企業向けに販売する「io.net」を取り上げる。
AI・ML分野のサービスに対する需要は年々高まっており、それらのパフォーマンスと品質はAI・MLモデルが活用できる処理能力に大きく依存している。「io.net」はAWSのような中央集権型プロバイダーが提供するクラウドベースのソリューションよりも非常に安いコストで、AI・ML分野のエンジニアにGPU処理能力を提供しているのが特徴だ。「io.net」は2024年3月に3,000万ドルの資金調達に成功し、2024年4月にはGPU処理能力の供給者(=ノード)数は既に世界で40万を超えている。実際に「io.net」に登録してGPU処理能力を借りて使えるようになるまでの時間は2分程で、エンジニアは必要な際に手軽に処理能力を拡張できる。一方のGPU処理能力の供給者には報酬としてトークンが分配される。これらネットワークのリソースを利用する側の利用量と提供する側の貢献量はブロックチェーン上で可視化され誰でも確認ができるため、その料金と報酬に透明性が生まれるのがDePINならではの仕組みである。
二つ目としては、ローカル気象データをリアルタイムに収集する為の観測キットを配布し、集めた気象データを利用者に提供するという、フィジカルリソースを扱ったプロジェクト“Nubila”を紹介する。
気候変動により世界各地で異常気象が発生し続けている昨今において、農業、エネルギー、保険等の業界では高精度な気象データが求められている。しかし多くの国では気象観測所のデータはリアルタイムに整理された形でネットワーク上に公開されておらず、データの形式も統一されていないことが多い。Nubilaは気温、気圧、風速、紫外線、湿度が計測できる折り畳み傘くらいの大きさのIoTデバイス観測キットを1個あたり約250~300ドルで販売しており、個人や団体が購入し、庭先や屋根の上などに手軽に観測キットを設置できる。観測キットが収集したローカルな気象データは自動的にネットワークにアップデートされ、ネットワーク利用者はコストを支払うことでこれらのローカルな気象データにアクセスできる。観測キットの所有者にはデータ提供の見返りの報酬としてトークンが分配される仕組みだ。Nubilaは2024年7月に250万ドルの資金調達に完了し、2024年10月には世界中で約1.6万箇所に観測キットを展開している。
DePINのプロジェクトが取り扱うのはこうしたGPU処理能力や気象観測所に加えて、5G基地局や仮想発電所など、従来は国や大企業などが中央集権型で整備、管理してきたインフラとリソースである。それをユーザー起点により分散型で構築するDePINのメリットは何よりもコスト低減だ。インフラを整備する側からすれば、ユーザーに一部の整備プロセスを任せられ、またニーズのある場所から段階的に広がっていくため、初期コストとハード面の管理コストが抑えられる。インフラを利用する側としても、非常に限られた選択肢しかないため供給側の言い値でコストを支払っている状況に対して新たな選択肢を見いだせる。
本稿で紹介したDePINのプロジェクトはいずれも米国でシードラウンドのものであり、Uberのように生活インフラとして今後世界でマスアダプションしていけるかどうかはわからない。しかし筆者はWeb3時代の新しい分散型のネットワークはグローバルでの展開以外に、ローカルの個別事情に最適化されたニーズに応える小さな経済圏の確立にも寄与する可能性があると考えている。日本においても自律分散型に協力しあうことで解決できる社会課題が多いため、DePINの考え方を取り入れることで身近なインフラにもブロックチェーンが活用される未来が案外早く訪れるかもしれない。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。