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アジア・マンスリー 2024年9月号

アジア景気をけん引するIT需要とそのリスク

2024年08月28日 野木森稔


グローバルなIT関連需要の力強い回復が、輸出の増加を通じてアジア景気をけん引している。しかし、現在のAIブームが一過性に終わるリスクもあることには注意を要する。

■半導体を中心とするIT関連輸出が好調
中国を除くアジアでは、中国景気の減速や各国での金融引き締め政策といった逆風を受けながらも、景気は総じて堅調である。この背景には、米国を中心に世界各国でIT関連需要が大きく増加していることが挙げられる。

アジアの財輸出はIT関連を中心に増加している。最近は、とりわけAI(人工知能)に関連した設備投資が世界的に増加している影響が大きい。米国では、大手クラウドプロバイダーが急成長しており、データ保存や計算処理だけでなく、AI 機能を組み込んだクラウドサービスの提供を急速に拡大させていることが設備投資の増加につながっている。AI機能を持つ製品の製造には先端半導体が欠かせず、その製造で大きなシェアを持つ台湾や韓国の企業に追い風となっている。さらに、そうした半導体のパッケージングや半導体を利用したハイテク加工品を製造するマレーシア、ベトナム、タイなどの企業にもプラス効果が及んでいる。

半導体市場におけるシリコン・サイクルの拡張局面は、当面継続することが予想される。WSTS(世界半導体市場統計)では、半導体売上高は2023年に前年比▲8.2%と減少した後、2025年にかけて大幅な増加が続くとの見通しが示されている。

■IT関連のサービス輸出も景気をけん引
IT関連需要の増加は財にとどまらず、サービスにも広がっている。とくにサービスの輸出で成長著しい分野が、IT・BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業である。Everest Groupの調査(2020年時点)によれば、同産業はインドとフィリピンで発展しており、その世界シェアはインドで約40%、フィリピンで約20%と大きい。

IT・BPO産業の輸出動向は、サービス輸出全体から旅行・運輸を除いた「その他サービス輸出」に含まれており、2023年の金額はインドでGDP比7.7%、フィリピンで同8.3%にのぼる。この両国では、実質GDP成長率(インド:1~3月期前年同期比+7.8%、フィリピン:4~6月期同+6.3%)がアジア諸国のなかでもとりわけ高い伸びを記録しており、サービス輸出が経済成長のけん引役となっている。

IT・BPO産業の詳細をみると、インドではITのサポートサービス、フィリピンではコンタクトセンターやバックオフィス業務が大きなシェアを占めている。AIの利用はその副作用として雇用を減らす可能性が懸念されているが、AIにかかわるシステム構築・管理など労働力を必要とするサポート業務をインドやフィリピンが担っている構図である。この両国では、①英語を話せる人材が豊富である、②賃金が低水準である、③IT関連インフラが充実している、などの強みがあり、人手不足に悩む欧米先進国の企業から受注を両国がうまく取り込んでいる。

■AIブーム頼みには注意が必要
このようにIT関連需要の高まりはアジア諸国における財とサービスの幅広い分野に恩恵をもたらしている。今後もこうした流れが続き、半導体などの生産がさらに拡大するとともに、それに紐づいたサービスの提供も拡大することが予想される。

ただし、IT関連需要が急速にしぼむリスクにも注意が必要である。とくに、今回のシリコン・サイクルの回復はAIブームへの期待に大きく依存している側面がある。具体的には、今次局面のIT関連需要は、企業向けのAI関連投資に偏っている面があり、家計向けを中心としたスマートフォンやパソコンへの需要は力強さを欠いている。スマートフォンやパソコンは買い替え期を迎えており、こうした需要は当面回復すると見込まれるが、仮に、IT関連需要が企業向けのAI投資に偏ったままで推移する場合、早晩力強い景気押し上げ効果を期待することが難しくなる。

さらに、米国景気の先行き不透明感が強まっている点も懸念材料である。足元の米国景気は総じて底堅く推移しているものの、製造業の景況感など一部で悪化する動きもみられる。現在のIT需要は米国が中心となってけん引しているだけに、米国景気が安定的に推移するかどうかは重要である。とくに、米中対立が激化するなかで、米国政府よる中国に関連する半導体への規制はさらに強まっており、中国でのIT需要が盛り上がりにくくなっている。米国政府は、AIに使用される半導体技術に中国がアクセスすることを厳しく制限しており、足元でもHBM(広帯域幅メモリ)の対中輸出を制限する方向で議論を進めている。

当面、IT関連需要の拡大がアジア景気をけん引する見込みであるが、下振れリスクも軽視できない状況である。先行き、楽観的な見方に反しブームがしぼむリスクには注意する必要があろう。

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