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農業技術の新たな方向性は「多目的」 ~食料・農業・農村基本法改正を踏まえて~

2024年05月01日 三輪泰史


25年ぶりに改正される「農政の憲法」
 「農政の憲法」とも呼ばれる食料・農業・農村基本法(以下、基本法)が25年ぶりに改正される見通しとなっている。筆者も食料・農業・農村政策審議会の基本法検証部会委員として、改正に向けた議論に参画してきた。
 現行の基本法が施行された1999年から、わが国の農業およびそれを取り巻く環境は大きく変化した。農業就業人口の減少や荒廃農地・耕作放棄地の増加などによる供給力低下が顕著となり、農産物の価格低迷も深刻さを増している。外部環境に目をやると、気候変動の深刻化、国際的な需給ひっ迫、国際情勢の不安定化、記録的な円安などのリスクが顕在化し、輸入農産物や輸入農業資材の価格高騰や供給不安定化への懸念が高まっている。
 今回の基本法改正では、それらを踏まえたアップデートが行われる。食料安全保障の確保、環境配慮、スマート農業の普及、農業人材の在り方、適切な価格形成などが重要テーマに掲げられ、方針や対策が改正案に盛り込まれた。

これからのスマート農業は「一石三鳥」
 中でも特に注目したいのが、農業技術のイノベーションだ。農業者不足や低採算性といった従来からの課題のほか、環境配慮や資源コスト高などへの対応も求められる中、ICTやAI、ロボティクスなどを駆使したスマート農業が存在感を増している。基本法改正案では、スマート農業が今後の農業の中心に据えられ、スマート農業技術活用促進法の整備を含め、普及への具体的な方策が打ち出されている。
 ただし、今後のスマート農業技術のイノベーションに関して、これまでの開発戦略をそのまま踏襲するだけでは不十分と考える。農業が直面する課題が多岐にわたるようになり、労働力不足の解消や生産性の向上を主眼としてきたスマート農業も、役割を再定義する必要があるからだ。
 これからのスマート農業のポイントになるのが、「儲かる農業」「持続可能な農業」「食料安全保障に貢献する農業」の3つを組み合わせた「一石三鳥」なモデルの構築だと考える。かつては「環境に配慮すると収益性が落ちる」とか「効率性を重視すると環境負荷が高まる」という点が課題だったが、スマート農業はその壁を崩すことが可能だ。
 
費用対効果が高いスマート農業技術の実用化を急げ  
 いくつか具体例を見てみよう。
 施肥(肥料の施用)においては、データ分析に基づく可変施肥システムが注目されている。これは、ドローンや人工衛星のモニタリングデータを使って現在の生育状況や土壌の状況を見える化した上で、数㎡単位ごとに最適な窒素・リン・カリの量を算定し、自動的に混合して施用するものだ。
 同じ区画内でも、田畑の土壌に含まれる養分の量・種類は場所ごとに異なる。そのため、区画ごとに決まった配合の肥料を均等に施用する従来の農法では、肥料が過剰となることがあり、環境負荷や資材コストの増加を招いていた。
 可変施肥システムによって、化学肥料の使用量を抑制できることから、利益率向上のほか、土壌・水への流出量抑制やGHG排出量削減による環境負荷の低減、そして輸入肥料への依存度の低減という3つの効果がもたらされる。
 同様に、農作物の状態をドローンでモニタリングし、AIによる画像分析で同定した病害・虫害の有無や種類に対応する農薬を、リスク発生個所にピンポイント散布できるようにとなった。従来は、農薬散布機や農業用ヘリコプターを用いて面的に散布してきたが、可変施肥システムと同様に、費用削減や環境負荷の低減、輸入資材依存度の低減を同時に実現することが可能となってきた。
 価格高騰が著しい飼料に関しても、スマート農業技術を用いた新たなモデルが期待を集めている。特に、効率的な農産物栽培が難しい傾斜地や居住エリアから遠い、条件不利な農地でのスマート放牧が有望だ。スマート放牧では、センサー、ドローン、AI画像解析などのデジタル技術を用いて家畜や牧草の管理を無人化/半無人化でき、農地の荒廃を防ぐとともに、国産飼料の供給増加にも貢献する。
 さまざまな政策目標の達成への貢献が期待され、費用対効果が高い。今後のスマート農業の技術開発や普及の予算においては、このような多目的なモデルの実用化に重点的に配分すべきと考える。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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