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ゴリラとリズムと乾杯と 〜信頼形成はリズム合わせから〜

2024年06月25日 井上岳一


 先日、前京大総長の山極壽一先生とご一緒する機会があった。ニホンザルやゴリラの研究者として知られる山極先生は、実際にサルやゴリラの群れに入って観察をするフィールドワークを得意としてきた人だ。

 山極先生によれば、ゴリラは言葉を解さない。だから人間のような言語的なコミュニケーションはできない。ただ、ゴリラも音声による意思疎通はしている。そういう意味でゴリラのコミュニケーションは音楽的だ。そんなゴリラとどうやったら通じ合えるのか。そう尋ねると、「ゴリラのリズムで動くんだよ」との答え。

 ゴリラよりも小柄な人間は、ゴリラより敏捷に動くことができる。だが、そういう動き方はゴリラを警戒させる。だから決してゴリラよりも早く動かない。ゴリラのペースで動き、ゴリラが止まったらこちらも止まる。そうやってゴリラのリズムに合わせていると、ゴリラが動き出すタイミングが自然とわかるようになる。そうなって初めてゴリラに近づけるようになる。そうなるまで数年かかることもあるという。

 ゴリラと信頼関係をつくる上で何より重要なのは、リズムを合わせることなのだ。

 これはゴリラと人の間だけでなく、人と人の間にも当てはまる話だと思った。気心の知れない相手、気を許していない相手でも、何か身体を動かす作業を共にしていると、不思議と打ち解けていくものだが、それもリズムを合わせることの効果なのだろう。コミュニティには共同作業がつきものだが、その本質はリズム合わせにあるのかもしれない。そしてそれは類人猿から受け継いだ、とても本質的な信頼形成の要素なのだ。

 そんなことを若い仲間と話していたら、「ああ、そういうことだったのか!」と、彼が披露してくれた話がある。それは彼が企画した飲み会でのこと。北海道の道北エリアで活動している彼は、離れた町で、それぞれ孤独に頑張る道北のプレイヤー達をつなげようと、飲み会を企画した。最初は4、5人で飲むつもりだったが、あれよあれよと仲間が増え、気づけば30人を超える大宴会になった。

 「その飲み会で、凄くグルーブが生まれた感覚があったんです」と彼は言った。ほとんどが初対面だったのに、凄く熱く語り合えた。「あの時、何故、あんなグルーブが生まれたんだろうと思っていたのですが、考えてみたら、あの飲み会、何度も何度も乾杯したんですよね」。遠くからの人も多く、集合は三々五々。新しい人が来るたび、皆で乾杯をしていたのだが、それが共通のリズムをつくり、グルーブとなった気がする、と言うのである。

 それを聞いて、なるほどなーと思った。確かに乾杯は共通のリズムをつくる。カチン、カチンとそこここでグラスを鳴らす行為は、まさにリズムの共振・共鳴である。もしかしたら飲み会の本質的な意義は、コミュニケーションを深めることよりも、リズムで共振・共鳴することにあるのかもしれない。

 もはや乾杯に意味など感じていない人も多いかもしれない。しかし、乾杯は手っ取り早くリズム合わせをできる手段だと言える。相手の目を見て、グラスをカチンと合わせる。それはほんの束の間かもしれないが、一緒のリズムで共に時を過ごそうというリズム合わせの儀式なのだ。そういう目で乾杯の効用を見直してみたらどうだろうか。飲みニケーションは流行らないと言われるが、オジさんのつまらない話を聞かされる飲み会でなく、リズムを合わせてグルーブを生み出すような飲み会なら、若い人も喜んで参加してくれるかもしれない。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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