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同じ誕生日でわたしたちはつながれるか

2024年06月11日 山本尚毅


 先日、参加したとある食事の席でのことである。同席していた10人のうち、2人が同じ誕生日(4月27日)であった。
「4月27日って、『シニナ』とよく言われたよねー」

 日付にまつわる語呂の悲哀を共有した後、誕生日の話題が膨らむことはなかった。私は「よいな」とリフレームすることもできるのに、とぽろっと話を膨らませようと試みたが、気持ちよくスルーされた。

 367人(閏日を含む)集まれば、同じ誕生日の人に出会う確率は100%である。しかし70人が集まれば、同じ誕生日の人に出会う確率は99.9%であり、さらに、23人集まれば、50%を超える。サッカーの試合に集まる人数(主審を含む)である。直感的に私たちが考える数値よりも大きく、誕生日のパラドックス(※1)と呼ばれている。

 同郷、同級生、同期など、土地、年代、所属の共通点があると、すぐに共通の話題を見つけて、話は弾む。しかし、同じ誕生日をきっかけに、話が弾んだという経験は意外なほど持ち合わせていない。

 世界人口81億人(2024年時点)を366で単純に割れば、2200万人強が同じ誕生日(※2)であると推計される。これはスリランカの人口に匹敵し、世界60位前後に位置することとなる。同じ日付に生まれた人たちが、共通の話題や関係性を生み出すナラティブが形成され、これからの世界に366の新たな関係性を育むことができるかもしれない。しかし、妄想・構想は容易であるが、まず何からはじめたらよいのだろうか。

 1つの試案として通過儀礼(イニシエーション)について考えてみたい。なお、毎年やってくる誕生日はお祝い(セレブレーション)である。通過儀礼とは、人間がうまれてから成人し、死に至るまでの人生の過程のなかで、区切りとして、新しい意味を付与する儀礼のことである。割礼、抜歯などの痛み伴うモノもあれば、洗礼などの宗教儀式などもあり、日本の成人式も通過儀礼の一つにあたる。

 世界の平均寿命は2095~2100年には82.6歳になると予測されている(※3)。この期間を日数換算すると、おおよそ30000日である。その折り返し地点である15000日はおおよそ40歳である。古来では孔子は40歳を「不惑」と言い、日本では老化を意識し始める「初老」である。生まれてから15000日という日に、通過儀礼を新たにデザインし、同じ誕生日の人たちがコミュニケーションをするネタにするのはどうだろうか。そして、誕生日が同じという偶然を通じてコミュニケーションを創発し、その結果、弱い紐帯(※4)を形成する。

 日本総研が掲げる「自律協生」、その原語である「コンヴィヴィアリティ」を提唱したイヴァン・イリイチは「用いる各人に、おのれの想像力の結果として環境を豊かなものにする最大の機会を与える道具」をコンヴィヴィアリティの道具とした。誕生日がその道具となり、私たちの環境を豊かにし、世界へ想像力をひろげ、弱くつながることにできるようになるならば、冒頭のささやかな会話は以下のようになるのかもしれない。

「あ、同じ誕生日ですね。『シニナ』とよく言われましたよねー」
「はい。ちなみに、4年前に15000日儀式、マクタン島(※5)まで行ってきました」
「うらやましいですね。私は来年なんですが、10年に1回のアニバーサリーで、すでにキャンセル待ちです。なので、駒ケ根市でソースかつ丼(※6)かなぁと思ってます」

付記:
 筆者の誕生日は、12月25日である。私が暮らした地域では冬休みが始まる日で友人には声をかけてもらえない、学校にいたとしても友人たちは自分のことに集中して忘れられていただろう。家庭ではクリスマスと誕生日のプレゼント、ケーキも同じに扱われる。悲哀の話題が豊富にある誕生日であった。

 悲哀の話題に限らず、世の中の人も注目を浴びやすい日である。コーヒーチェーン店ではハロウィンが終わればクリスマス仕様の緑と赤で埋め尽くされる。もし、仮に読書会をするならば、レヴィ・ストロースの「火あぶりにされたサンタクロース」からはじめたい。テーマソングを一曲に絞るのは、かなり難航しそうである。

 なお、高校生まで過ごした実家の近所には、正月が誕生日の友人(正子ちゃん)が住んでいた。誕生日について話したことはないが、複雑な気持ちの一部に共感してもらえたのではないかと幼心に思っていた。そして、正月生まれやクリスマス生まれは悲哀によるコミュニケーションが生じやすい誕生日であろう。


(※1):誕生日のパラドックスは、自分と同じ誕生日の人が少なくとも1人いる確率ではない。
(※2):厚生労働省が過去に発表した月別に見た出生のデータによると、第2次世界大戦前は、出生月による差が大きかった。1月から3月の出生数が多く、その傾向は、戦後も続いたが、近年は出生月による差は少なくなってきた。
月別にみた出生
(※3):ニッセイアセットマネジメントによる「国・地域別の平均寿命の予想推移」
2100年の世界人口112億人へ|金融市場動向|投資信託のニッセイアセットマネジメント
2022年7月に発表された国連「世界人口推計2022年改訂版」では、世界の平均寿命 (出生時平均余命)は1950年時点で46.5歳2010年に70歳を超えている。2022年における世界の平均寿命(予測値)は71.7歳であり、2077年に80歳を上回る見通しとなっている。
三井住友信託銀行 調査月報 2022年11月号 経済の動き ~ 国連「世界人口推計」からみえる未来
(※4):スタンフォード大学社会学部教授マーク・グラノヴェッターが、1973年の論文『The strength of weak ties(弱い紐帯の強み)』を発表した。新規性があり価値のある情報は自分の家族や親友といった強いつながりのある人たちよりも、ちょっとした知り合いや友人の友人などの弱いつながりからもたらされることを明らかにした理論である。
(※5):マクタン島は、フィリピン・セブ州の島。1521年4月27日マクタン島の沖でラプラプ王と彼が率いる戦士たちが世界一周航海中のマゼラン一行と交戦し、勝利した日。フィリピンでは、4月27日は、Battle of Mactanという祝日である。
(※6):長野県駒ヶ根市内の飲食店の有志で結成した「駒ヶ根ソースかつ丼会」(駒ヶ根商工会議所内)が1993年にソースカツ丼の日を制定した。現在も、協会加盟各店でオリジナルサービスをご提供している。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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