アジア・マンスリー 2024年6月号
改善がみられる中国大企業の債務問題
2024年05月29日 関辰一
中国企業の過剰債務は、全体でみると大きな変化はないが、大企業の債務問題には改善がみられる。背景には、政府による企業債務のコントロールがある。今後もこうした改善が続くのか、注視が必要である。
■大企業の債務比率は振れを伴いながらも改善
中国企業の過剰債務は、全体でみると大きな変化はないが、大企業の債務問題に限れば、ここ10 年間で改善している。一方で、小規模企業の債務問題は悪化している。まず、国際決済銀行(BIS)の統計を基に中国の部門別の債務をみると、家計部門の債務残高の対 GDP 比率が 2016年末の 44%から 2023 年 9 月末の 62%へ、政府部門も同期間において51%から81%へと大きく上昇している一方で、非金融企業部門は 160%から 167%へと小幅な上昇にとどまっており、大きな変化はない。
次に、BIS と中国金融当局の統計を基に試算した企業規模別の債務をみると、大企業・中規模企業の債務残高の対 GDP 比率は、振れを伴いながらも、2016 年末の 123%から 2023 年 9 月末の 110%へ低下している。他方、小規模・零細企業の債務残高の対 GDP 比率は、36%から 55%へ上昇している。
5,000 社余りの非金融上場企業の財務データから試算した債務比率も改善している。非金融上場企業全体の債務残高は、2016 年末の 12.4 兆元から 2022 年末の 21.4 兆元へと継続的に増加しているものの、分母の付加価値額が
4.3 兆元から8.9 兆元へとより速いペースで増加したことで、債務残高の対付加価値額比率は 2016 年の 287%から 2022 年の 240%へと低下している。
■政府による企業債務のコントロール
中国の大企業の債務比率に改善がみられる背景には、政府による企業債務のコントロールがある。
政府は 2015 年、「三去、一降、一補」すなわち生産能力・住宅在庫・債務の三つの過剰を解消し、生産コストを引き下げ、弱い分野を支援するというスローガンを掲げた。ただし、どのように過剰な債務や生産能力を解消するのか、どのように生産コストを引き下げるのか、弱い分野とは何か、といった具体的な説明は当初ほとんどなかった。急増した企業債務を持続可能なレベルに落ち着かせる取り組み(デレバレッジ策)が、明らかになったのはその翌年であった。たとえば、2016 年 10 月に国務院は「企業のレバレッジ比率の積極的かつ安定的な引き下げに関する意見」で、企業の合併再編の推進や債務構成の最適化(債務リストラ)、法令に則った破産手続きの実施、などの 7 項目を打ち出した。
鉄鋼業を例に、政府の取り組みとその影響をみると、政府は 2016 年以降、粗鋼生産能力の削減目標を定めたほか、債務リストラを進めた。近年では、脱炭素政策の推進を理由に年間の粗鋼生産量や生産能力の拡大を制限している。
これらの結果、鋼材の需給バランスは改善に向かい、中国鋼材総合価格指数は 2016 年以降持ち直した。また、中国鉄鋼メーカーは、高い加工技術が必要とされる冷延鋼板や電磁鋼板など高級鋼材の生産設備に的を絞って投資を行っている。
鋼材価格の上昇と製品の高級化に伴って、大手鉄鋼メーカー32 社の付加価値額が 2014 年の617 億元から 2017 年に 1,550 億元へ増加した。一方で、債務残高が同期間に 4,690億元から 4,891 億元へと横ばいを維持したことで、債務比率は 2014 年の 759%から 2017 年の315%へ大きく低下した。その後、債務残高、付加価値額ともにおおむね横ばいで推移している結果、債務比率もおおむね横ばいを維持している。
■改善が続くのか、注視が必要
中国の非金融企業部門で債務の急増がみられたのは、前頁右上図に示したように 2008 年から2016 年までの期間であった。非金融企業部門の債務比率は 2008 年末の 94%から 2016 年末の160%へと 66 ポイント上昇した。
その原因として、リーマン・ショック後の 4兆元の景気対策をきっかけとした過剰な投資の盛り上がりを指摘できる。企業は、大規模な金融緩和によって資金調達コストが低下するなか、過度な資金調達を続けていた。その資金でインフラ建設や不動産開発プロジェクトを進め、建設資材である鉄鋼やセメントなどの生産設備に投資をしていた。
その後 2016 年から非金融企業部門の債務比率がおおむね横ばいを維持するようになったこと、とりわけ、大企業の債務比率が振れを伴いながらも改善していることは、中国経済が持続的な成長を果たすうえでの好材料といえる。一方で、このところ中国政府が景気を下支えするために企業に設備更新を奨励したことで、国有企業は積極的に固定資産投資を拡大しようとしている。今後、中国政府が企業債務を適切な水準にコントロールできるのか、注視する必要がある。
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