オピニオン
農業人口の減少トレンドを踏まえたスマート農業の中長期戦略
2024年05月28日 三輪泰史
IoT、AI、ロボティクス等のデジタル技術を活用したスマート農業が、新たな段階に入りつつある。“農政の憲法”とも呼ばれる食料・農業・農村基本法(以下、基本法)が約25年ぶりに改正される見通しで、改正の主要な柱の一つにスマート農業の推進が盛り込まれている。また、基本法改正に合わせてスマート農業の加速化のための新たな法律の審議も進んでおり、従来の技術実証段階から本格的な普及段階へのシフトチェンジとなる。
スマート農業が期待を集める背景には、農業人口の急激な減少がある。農業人口(基幹的農業従事者数)は長く減少傾向が続いており、2010年に205万人だったものが、2023年には116万人となっている。農業者の多くが高齢者という年齢構成を鑑みると、今後も20年間程度はさらなる減少が不可避と言える。
このような厳しい状況の中、安定的な食料供給のためには、スマート農業を活用して農業生産を維持していく必要がある。基本法改正の議論においては、「担い手」(効率的かつ安定的な農業経営及びそれを目指して経営改善に取り組む農業経営者)が今後の農業の中核を担うことが示されるとともに、それを補完する形で多様な農業人材の存在意義もうたわれた。これから10年ほどは、担い手への緩やかな農地等の移管の伴う両者の相互補完の段階であり、それを踏まえたスマート農業の普及策が求められる。まず、農業者のボリュームゾーンにあたる後期高齢者の農業者の離農ラッシュが起きるため、地域で活躍する農業法人等が農地の受け皿となることが求められる。少ない人員で地域の広い農地をカバーするためには、スマートトラクター、農業用ドローン、農業用ロボットなど、農業生産の飛躍的な効率化に資する技術を重点的に導入することが有効となる。
一方で、食料自給力の確保や農村インフラの維持の観点からは、農業者の急激な減少は望ましくない。緩やかな移行のためには、農業の継続を希望する高齢者に対して、体力・筋力等の衰えを補えるスマート農業技術を導入する必要がある。その際に重要なポイントとなるのが、農業者をサポートする「農業支援サービス事業体」である。農業支援サービス事業体は、農業者の代わりに農作業受託、農業データ分析、農機レンタル、農業人材派遣等を行う事業体である。このようなサービスを利用すれば、デジタル技術に詳しくない農業者であってもスマート農業の恩恵を受けられる。また、農業支援サービスを活用すれば、中小規模の農業者であっても、作業ごとに擬似的に大規模化することができ、効率性を高めることが可能だ。
また本格的な普及と並行して、中長期を見据えた次世代のスマート農業技術の開発も進める必要がある。2040~50年代を想定すると、農村人口が大幅に減少し、今と同じように農村インフラを維持することはできず、農村内のすべての農地で現在と同じように農業を営むことは困難となる可能性が高い。そのような状況で食料自給力を維持するためには、農地を再ゾーニングして、居住エリア近くでは担い手がスマート農業を駆使して高効率かつ高収益な農業を営む一方、居住地から遠いエリア(手を打たなければ耕作放棄地になる可能性が高い)では、ドローン、ロボット、センサー、AIなどを活用したスマート放牧や飼料作物栽培や果樹栽培といった無人/半無人の農業モデルへと切り替えることが有効な選択肢となる。中長期的に必須の技術であるが、現時点では無人化のニーズは低いため、課題が顕在化する前から実用化を図れるよう、国や自治体による技術開発支援プログラムを継続的に設定するといった政策面での工夫が重要なカギとなる。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。