日本総研ニュースレター
TNFD を契機に求められる自然関連課題の分析
2024年01月04日 今泉翔一朗
あらゆる企業に求められる自然関連課題への対応
2023 年 9 月 18 日、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、事業活動における自然環境や生物多様性に関する影響と依存とそれに伴うリスクと機会(以下「自然関連課題」)を組織が自ら評価し報告する情報開示フレームワークの最終提言として v1.0 を公開した。
「TNFD 開示」対応は、食品、建設、化学、エネルギーなど特に自然への影響が大きいセクターの上場企業から進んでいくと想定されるが、筆者は「自然関連課題」への対応は、近い将来、あらゆる企業が求められると考えている。なぜな ら、自然は、経済活動など人為的な影響によって急速に喪 失しており、その直接要因を回避・軽減させたり、自然の状態を回復させたりする行動が必要という認識が急速に広ま っているためである。そして、サプライチェーンをたどれば、 どのような企業でも必ず自然と関係があるのである。
「依存」と「影響」の 2 面から自然関連課題を分析
自然関連課題に対応するには、まずは課題についてリスク・機会を含めた詳細を分析しなければならない。分析の対象には、TNFD が示すように、事業活動が自然に対して① 「依存」あるいは②「影響」する関係の 2 種類がある。
①は、自社が依存する自然が、事業活動や自然災害など外的要因によって毀損されたり国の規制を受けたりすることで、自社にもたらされるリスク・機会を分析することである。例えば、海外産木材の主要産地の一つであるカナダが森林保護を強化したため、ピアノなどの木製楽器メーカーには、代わりとなる国産材の研究を始めたところもあるという。
②は、事業活動(インパクトドライバー)による自然の変化が、地域住民をはじめとしたステークホルダーやその他の自然、そして自社にもたらす影響を分析することである。例えば、パーム油の生産には、農園開発(インパクトドライバー)に起因する森林破壊(自然の変化)、それによる地域住民や生物への悪影響(ステークホルダーへの影響)が懸念される。それを避けようと、最近では、持続可能な栽培で生産されたパーム油を指定して使用する企業も現れ始めた。
ツールを活用した効率的な分析
自社の全事業に関わる依存・影響経路をゼロから考え、場所ごとの自然やステークホルダーの状況を把握するには、膨大な費用と時間が必要となる。
そこで、まずは簡易的に分析する手法として、分析したい事業に該当する産業や生産プロセスを選択すると、依存している自然やインパクトドライバーの一覧、そして水や生息地などの自然の状況を表示できる「ENCORE」というツールの活用が始まっている。今、先行的に TNFD 開示している企業の多くで、TNFD でも紹介されている、このENCORE を使った分析結果を活用しているようである。
しかし、ENCORE で表示される情報はあくまでも一般論であり、また、自然の状態に関する情報も限定的である。また、関係するステークホルダーや、依存・影響に伴うリスク・機会に関する情報は取り扱っていない。
求められる統合的な分析ツール
ENCORE 以外にも、ツールや自然の状態に関するデータベースは複数存在し、それらを活用すれば詳細な分析も可能である。しかし、企業の実態に即した分析ができるツールは未だ存在せず、データベースも領域ごとに分散しているなど、企業にとって使い勝手がよい状況ではない。
人材や資金が豊富な企業だけでなく、あらゆる企業に分 析の裾野を広げるには、各データベースの統合的な使用と、自社の実態に合わせた分析ができるツールが欠かせない。
例えば、気候変動領域では、企業が自社操業およびサプライチェーンを通じて排出する CO2 排出量を算定するツールが登場したことで、対策が加速した。CO2 算定を中小企業も行うようになったほか、CO2 排出の原因の特定が進み、CO2 削減に資する製品・サービスのマッチングが盛んになっている。
自然領域は、気候変動領域と比較すると、分析範囲が広く、評価手法も定まり切っていない。今後、その解決に貢献する製品・サービスを増やしていくには、自然関連課題を分析できる統合的なツールを開発し、自然関連課題の可視化を実現させることが重要である。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。