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今後の行政組織のあり方を考える~NPMの振り返りを通じて~

2024年03月12日 佐藤悠太


1.はじめに
 筆者は、主に、地域におけるPPP/PFI事業の構想・計画策定支援と事業化支援を担当としている。簡潔にいうと、地域における公有財産や行政サービスの「外部化」を支援している。この「外部化」は、ノウハウを有する民間事業者の参入による行政サービス向上の側面はありつつも、地方公共団体(自治体)の持続可能性を高めるための行財政改革という側面も強い。
 「外部化」により行財政改革が進んだと捉えられているが、外側に出せる公有財産および行政サービスには限りがあるとともに、コストダウンありきの「外部化」によるひずみを感じることもある。
 「外部化」が限界を迎えつつある中、筆者らは、地域の持続可能性を高めるための鍵として、自治体を始めとした行政の「組織力」に注目している。組織の外に頼る「外部化」ばかりではなく、行政が担うべき「内部」の改革こそが重要ではないかとの考えである。地域を持続可能なものとするための鍵である行政組織について、その組織の力がどのように変遷してきたか。行政組織の起源から、特に2000年以降のNew Public Management(以下、NPMという)を振り返りつつ、今後の行政組織のあり方を考えてみたい。

2.行政組織の源流からNPMの導入まで
 行政組織は、マックス・ウェーバーが提唱した「官僚制」の影響を強く受ける。「官僚制」は、最も合理的な組織とされており、以下の性質を備える。すなわち、①職務と権限が明確に規定されていること、②専門家によって担当されていること、③担当者は専業で職務にあたること、④組織の所有物と構成員の所有物は明確に区分されていること、⑤文章による職務処理がなされていることの5つである。
 「官僚制」は、ルーティンワークを円滑に進めることには適するものの、行政サービスを享受する住民のニーズに対し柔軟に対応することは難しい。そこで、1970年以降の欧米諸国にて、住民ニーズや行政組織の業績にかなう、さまざまな行政経営・運営手法が検討、試行されてきた。
 このような流れの中、1990年前後以降から、行政組織に対し、民間企業の経営手法を導入するNPMに注目が集まる。わが国では2000年前後に、NPMの概念が整理され、①成果志向、②組織内分権、③市場機構の活用、④顧客志向の4つの構成要素(※1)を一体的に導入することで、行政組織における経営・運営の効率化を志向した。政府が行政改革を実施するための手段としてNPMに着目するとともに、小泉首相(当時)が郵政民営化を始めとした行財政改革を強く推し進めたこともあり、NPMは行政改革を推進するための手段として広く知られることとなった。

3.NPMが企図していたことと現実
 わが国のNPMの黎明期が2000年前後であることから、NPMが導入され約20年が経過したこととなる。この20年を振り返ると、取り組みやすく対外的に効果が訴求しやすい「市場機構の活用」、すなわち「外部化」については十分に浸透し、多くの取り組みが実行され、一定の成果をあげたといえる。一方で、①成果志向、②組織内分権、③市場機構の活用、④顧客志向という4つの構成要素を全て導入することで行政組織における経営・運営の効率化を図るというNPMが本来企図していたものは、必ずしも実現していないように考えられる。
 顧客志向は、「住民視点」が根付いているとして一定の評価が得られているものの(※2)、民間サービスでは当たり前となっているデジタル化は、自治体DX推進計画を総務省が策定したのが2020年、デジタル庁の設立が2021年であることに象徴されるとおり、令和になってからようやく住民の利便向上の視点が意識され始め、現状、道半ばである。成果志向および組織内分権については静岡県などの自治体において導入された事実が確認できるものの、それが他の自治体に波及するまでには至っていない。
 また「市場機構の活用」、すなわち公有財産や行政サービスの「外部化」も冒頭で言及したように、少なからず問題が存在している。
 民営化(これに準ずるコンセッション含む)、すなわち売却可能な公有資産あるいは公的組織については、数に限りがある中、直近注目を集める事業が限られることから、売れるものはほぼ売り切った状況にあるように思える。
 PPP/PFIは、内閣府が定めた「多様なPPP/PFI手法導入を優先的に検討するための指針」がきっかけとなり順調に件数を伸ばしているが、近年、事業に応募する企業がいない、すなわちすべての企業から敬遠され入札が不調となる事業が増加している。建設物価高騰の影響もさることながら、VFMが出ない、すなわちPPP/PFI導入によって財政面で顕著なメリットが出ないはずである事業についてまで、VFMが出るとして無理にPPP/PFIにて事業化するケースがあるように思える。このような場合、市場価格(民間事業者が提示可能な価格)より低い予定価格設定となるため、不調とならざるを得ない。また、PPP/PFIの財政効果にばかり着目されることで、事業の質や行政サービスとしての持続リスク等を総合的に勘案したうえで、財政効果を捨ててでも従来手法(いわゆる直営)で事業化するという選択肢が採用しがたい状況ともなっている。そして、事業規模が大きくなるほどPPP/PFIが導入され外部のノウハウに依存することとなり、結果、発注者能力(行政が備えるべき技術力、事業調整・マネジメント能力)が低下するという状況を招いている。

4.行政組織が解くべき課題
 このように、NPMは、4つの構成要素を一体的に導入することが本来必要であったところ、いつのまにか、NPM≒市場機構の活用との認知になってしまったのだと思われる。2013年に、自治体をめぐる過去20年間の制度改革を振り返る場として、総務省が設置した「地方自治体における行政運営の変容と今後の地方自治制度改革に関する研究会」においては、NPMをもっぱら「市場機構の活用」と捉えたうえで、「人口減少が進む我が国においては、安価で豊富な若手労働力などNPMの考え方を支えてきた前提に大きな変化が生じており、これに今後も依拠し続けることはできないと考えられる」(※3)と結論付けている。
 しかしながら、筆者は、「権限が付与された職員(組織内分権)」が、「顧客と向き合い(顧客志向)」、「外部の力を上手に活用(市場機構の活用)」しつつ、「成果を導出する(成果志向)」というNPMの理念はいまだに有効性が高いと考える。



 他方、NPMが導入された20年前と今では、社会環境が大きく異なる。例えば以下が挙げられる。

・わが国の総人口は、2000年においては約1.26億人であり、ピークであった2008年の約1.28億人を境に減少に転じ、2022年時点では約1.24億人となっている。
・コロナの対応のため自治体職員が不眠不休で奔走したことは記憶に新しいが、全自治体の総正規職員数は2000年に約320万人であったところ、人口の増減とは無関係に(人口の減少以上に?この後の文章との関係で表現を変えたほうがよいかも)減少し続けた。その結果、2021年には約280万人まで減少している。
・昨今、「失われた30年」に対し課題意識が集まり、低成長の打破が求められている。そのため、イノベーション、DX、GX、子育て・教育などに対する投資が求められている。
・性別、年齢、国籍などを超え、多様な価値観、多様な個性を受容する包摂性が求められている。

 NPMの有効性に、これら社会環境の変化を考慮することで、行政組織が解くべき課題が見えてくる。

【1】「外部化」が進んだことにより、質的にも、量的にも能力が低下しつつある行政組織を、どう立て直すのか?
【2】増加するとともに複雑化する社会課題に合わせた組織の柔軟性をどのように創出するのか?
【3】多様なニーズを有する顧客に対して、どのような価値を提供するべきか?
【4】その価値を踏まえたうえで、行政組織が導出するべき成果をどう設定するのか?

5.新たな行政組織のありかた
 前章で整理した課題それぞれについて、筆者が有効と考える打ち手を考察した。

(1)組織の立て直し
 NPM≒市場機構の活用の認知により、「外部化」が必要以上に進んで空洞化しているが、本来重視されるべきは、「内部」である。すなわち、行政組織が担うべき役割・機能は何なのかが重要である。これを検討せずに、「外部化」を進めてしまっているケースが多いように思われる。
 こういった問題を解決するためには、事務所掌(どの部局、課、係の各職員が、現状どんな業務を実施しているのか)を調査するとともに、本来どういった業務を実施するべきであるかを考察し、理想と現実のギャップを把握することが必要となる。
 日本総研の経験から、職員が行う現状業務を調査すると、職員が「不要」と口をそろえる業務に多大な時間が割かれている、本当はやるべきと認識されているものの全くできていない業務が存在するなど、さまざまな発見がある。慣例に流される形で、今までやってきたことを今までどおりにやる組織設計となっていることがほとんどで、組織として重要性の高いタスクが識別できておらず、結果そのようなタスクに必要な人員を必要十分に(あるいは全く)充当できていないケースが多い。なお、日本総研はこのような調査を組織デューデリジェンス(Due Diligence)と呼称し、PPP/PFIの導入検討時のみならず、組織力向上、組織変革の第一歩として実施を推奨している。
 現状調査と本来業務の考察を踏まえ、理想と現実のギャップを把握することで、その行政組織が担うべき役割・機能が見えてくる。このように行政組織が担うべき役割・機能を整理することで、担うべきではない役割・機能の整理が可能となり、上手な「外部化」が可能になる。

(2)組織の柔軟性の創出
 筆者が知る自治体では、人口の減少に比例させる形で職員定数を減少させている。その結果、組織に余裕がなくなり、組織の硬直化が進んでいる。一方で昨今、コロナ禍や激甚化する自然災害など、社会課題が増加・複雑化する傾向にある。そのため、行政組織は、余裕がなく硬直化が進んでいる中で社会課題の増加・複雑化の双方に対し、対応することが求められている。
 これらに対する打ち手は、社会課題の「増加」と「複雑化」に分けて考える必要がある。まず、社会課題の「増加」に対する打ち手だが、職員定数の決定プロセスを見直すことが考えられる。現状、各自治体の議決により決定する仕組みにとなっているが、人口減少に合わせる形で、定員数を減少させることが多い。これからは、地域内で抱えている社会課題を踏まえ、職員定数を決定するモデルの構築が必要だろう。つまり、(1)で整理した行政組織が担うべき役割・機能に相関させる形で、職員定数を決定するべきであると考える。
 次いで、社会課題の「複雑化」に対する対応だが、外部の専門人材の確保が有効と考える。例えば、デジタル庁においては、日進月歩であるデジタル技術の革新に対応するため、システムエンジニア、スタートアップのコーポレート部門経験者など、民間企業の専門人材を雇用しており、全職員約1000人(2023年7月1日時点)のうち、約半数が民間企業出身者となっている。ここまで大きな割合とする必要は必ずしもないが、外部人材の活用は行政組織が保有していない専門性や技術力を拡充するための方法として有効である。
 以上のように、社会課題の増加と複雑化に対応するためには、行政組織が担うべき役割・機能に相関させる形で職員定数を決定する、外部人材を活用するなど、組織の柔軟性の創出が不可欠である。

(3)顧客への価値提供方法の見直し
 顧客へ提供する価値とは、行政においては国民・住民に対して実行される政策の効果である。政策は、政治的なトップダウンで推進されるものに注目が集まることが多い。他方で、行政が対応するべき社会課題は、トップが関心を示す以外にも幅広い領域に及び、課題解決には高度な専門性が必要となる。そのため、日々社会課題に接している行政職員が発意するボトムアップによる政策立案も必要不可欠である。
 しかしながら、現行の行政組織では、ルーティンワークを迅速に処理することにばかり目が行きがちであるとともに、社会課題に接している現場レベルの行政職員に対し権限が付与されていないケースが多いことから、ボトムアップによる政策立案を期待しにくい。行政職員による政策立案を活性化するためには、国民・住民とじかに接する、あるいは国民・住民と近い職員への権限移譲を通じて、行政職員自身が考え行動できる行動様式の獲得が必要となる。権限を移譲することにより自身で責任を負いつつも積極的な行動を促す。これを通じて、職員の創造性を喚起することが期待される。
 権限移譲を通じて得られた職員の創造性により、トップダウンのみならずボトムアップ双方から立案される政策を推進することで、住民からの多様なニーズに対し価値を提供することを目指すべきである。

(4)組織が創出するべき成果の再設定
 昨今内閣府が推進するPFS(Pay For Success:成果連動型支払))に用いられるロジックモデルに象徴されるとおり、政策評価の手法は確立されつつある。一方で、本来はロジックモデルを活用し、適切に総コストを把握し、すべての施策に対し成果(アウトカム)を整理すべきところ、限られた一部の施策でしかロジックモデルが検討されていない等、政策評価手法が適切に導入、運用されていないことが多い。また、適切な評価設計がなされていても、行政職員自身が自らの施策の成果を評価することで、行政職員にとって差し障りのない評価結果になりがちなことも否めない。
 トップダウン、ボトムアップ双方の全ての施策について、自己評価とならないように、その評価方法を再設計する。また、再設計の中で成果を定義し、定量的な目標を設定する。成果を導出するために必要なコストを、行政職員の人件費を含めた形で把握し、成果と投入するコストとのバランスも把握、評価する。そして、成果に対しては担当する部局あるいは課、係に、説明責任を果たしてもらう。また、成果設定および評価において、議会、有識者、コンサルタントなど、外部の専門家を含め、徹底的に議論と検討を行う。外部の視点を入れることで、評価の透明化を図る。
 適切な成果の設定により、行政職員各々がするべき業務を明確化できる。そして、実施するべき業務が明確になり、その良しあしが評価されることで、成果に対するコミットメントを引き出すことができ、組織の活性化も期待できる。成果の再設定には多大な労力を要することが想定されるが、行政の組織力を確実に強化するアクションであることから、チャレンジする行政組織が出てくることに期待したい。

(※1) 山中 雄次『NPMの導入と変容―地方自治体の20年』(晃洋書房 2023年3月23日初版第1刷発行)
(※2) 地方自治体における行政運営の変容と今後の地方自治制度改革に関する研究会(第2回)資料12024年1月26日参照
(※3) 地方自治体における行政運営の変容と今後の地方自治制度改革に関する研究会報告書(総務省HP)2024年1月26日参照

【参考文献】
・国土交通省国土交通政策研究所『New Public Management―歴史的展開と基礎理論』(財務省印刷局 平成14年3月29日発行)
・山中 雄次『NPMの導入と変容―地方自治体の20年』(晃洋書房 2023年3月23日初版第1刷発行)
・大住 荘四郎『ニュー・パブリックマネジメント―理念・ビジョン・戦略』(日本評論社2000年12月30日第1版第2刷発行)
令和4年地方公共団体定員管理調査結果(総務省HP)2024年1月26日参照
人口推計結果の概要(総務省統計局HP)2024年1月26日参照
デジタル庁 年次報告書(2022年9月-2023年10月)(デジタル庁HP)2024年1月26日参照
・龍慶昭、佐々木亮『「政策評価」の理論と技法』(Amazon Kindle2020年8月5日版)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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